2026年9月13日日曜日

ヒガンバナとメインクーン

ヒガンバナとメインクーン

畦道の向こうに、あの花が咲いていた。

彼岸花。誰が呼んだわけでもないのに、毎年きっかり同じ時期に、同じ場所で、燃えるような赤をひろげる。曼珠沙華とも呼ばれるその花は、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっていた。棘々しいほどまっすぐに伸びた茎の先で、細い花弁が四方八方へ弾けるように咲く姿は、美しいというより、どこか気迫めいていた。

その花の根もとに、大きな影がひとつ、じっと座っていた。

メインクーンのハルだった。

飼い主の家からゆっくり歩いて五分ほどの畦道。ハルは決まってこの時期になると、誰に連れられるでもなく、ひとりでここまで歩いてくる。ふさふさした尻尾を体に巻きつけ、緑と金の混じった瞳を細めて、赤い花の群れをただじっと見つめる。まるで何かを弔うように、あるいは何かを思い出しているように。

ハルの体は、普通の猫の一・五倍はあった。がっしりとした骨格に、長く豊かな被毛。耳の先には房のような飾り毛が立ち、まるで山猫の血が混じっているのではないかと思わせる風格があった。だが気性は驚くほど穏やかで、近所の子どもたちにもよく懐いていた。「犬みたいな猫」と呼ばれるのは、その人懐こさゆえだった。

けれど、彼岸花の前でだけは、ハルは誰にも心を開かなかった。

「またここにいたのね」

声をかけたのは、隣に住む老婆、キヨだった。腰の曲がった背をさらに折り曲げて、ハルの隣にゆっくりと腰を下ろす。彼女は毎年この時期、ハルがここに座っているのを見つけては、同じように隣に座るのを習慣にしていた。

「この花、昔はね、田んぼのねずみよけに植えたんだよ。毒があるからね。でも今じゃ、誰もそんなこと気にしちゃいない。ただ、秋になると勝手に咲いて、勝手に散っていく」

ハルは答えない。ただ尻尾の先をわずかに揺らして、花の赤を見つめ続けていた。

キヨの亡くなった夫は、生前この道をよく散歩していた。彼が最後に見た秋も、きっとこの赤い群れが咲いていたはずだった。キヨはそのことを、ハルにだけ話す。人間には話せないことも、この大きな猫の隣でなら、なぜか言葉にできる気がした。

「あんたも、誰かを待ってるのかい」

ハルの瞳が、一瞬だけキヨのほうを向いた。それから、また花のほうへ戻る。答えの代わりに、喉の奥で小さく鳴らす音が聞こえた。ゴロゴロという、あの穏やかな音。

夕暮れが近づくと、赤い花はいっそう色を濃くした。西日を受けて、燃えているようにも、血のようにも見えるその色は、しかしどこか静かで、悲しみよりも懐かしさに近い何かを漂わせていた。

ハルはゆっくりと立ち上がり、大きな体を伸ばした。もう帰る時間だと分かっているかのように、来た道を振り返る。キヨも重い腰を上げ、二人並んで畦道を戻り始めた。

「また来年、会いましょうね」

キヨがそう呟くと、ハルは足を止め、一度だけ振り返った。彼岸花の群れは、夕闇の中でなお赤く燃えていた。まるでその一瞬だけ、時間が巻き戻ったかのように。

翌朝、彼岸花はいつもと変わらずそこに咲いていた。しかしハルの姿は、もうそこにはなかった。季節の花が咲き終わるまでの、ほんのわずかな時間だけ交わされる、名前のない約束。それは今年もまた、静かに果たされたのだった。


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