2026年9月13日日曜日
メインクーンと小川
山あいの村を抜けると、細い小川が音を立てて流れていた。
その日、村の外れに住む老人の家の庭先に、大きな猫がふらりと現れた。ふさふさとした尻尾、耳の先に伸びた飾り毛、そして体の大きさは並みの猫の倍はあろうかというメインクーンだった。誰の飼い猫かは分からない。ただ、夏の終わりの光の中に、その猫はまるで昔からそこにいたかのように佇んでいた。
猫は迷うことなく庭を抜け、裏手の小道を下っていった。そこには、村の子どもたちが「かっぱ川」と呼ぶ小さな川が流れている。水は驚くほど澄んでいて、底の小石の一つひとつまで数えられそうだった。
メインクーンは川べりに座り込むと、水面をじっと見つめた。流れに揺れる木漏れ日が、猫の金色の瞳の中で小さく踊っている。
やがて猫は、前足をそっと水に浸した。冷たさに一瞬耳がぴくりと動いたが、嫌がる様子はない。むしろ気に入ったのか、もう片方の足も浸し、川底の小石を確かめるように探り始めた。
「おや、お前さんもこの水が好きか」
いつの間にか、老人が縁側から声をかけていた。猫は振り返りもせず、ただ尻尾の先をゆらりと動かして応えた。まるで「もちろんだ」とでも言うように。
その日から、メインクーンは毎日のように小川へ通うようになった。朝露がまだ草に残る時間、誰もいない川べりに一匹で座り、流れる水音に耳を澄ませる。時折、川面を横切る小さな魚影を見つけると、大きな体には似合わぬ真剣な顔つきで、じっと動かなくなった。
村の子どもたちはいつしかその猫を「小川の主」と呼ぶようになった。誰かが撫でようと手を伸ばしても、逃げも威嚇もせず、ただ静かに受け入れる。それでいて、決して誰かの家に留まろうとはしなかった。夕方になると、来た時と同じようにふらりと森の奥へ消えていくのだった。
秋が近づき、川の水が少し冷たさを増した頃。老人はいつものように縁側に座り、庭の向こうを眺めていた。すると、いつもの時間にメインクーンがやってきて、川べりではなく、まっすぐ老人の元へ歩いてきた。
そして初めて、老人の膝にそっと頭をこすりつけた。
「そうか。今日はここでいいのか」
老人がそう呟くと、猫は満足そうに丸くなり、遠くから聞こえる小川のせせらぎに耳を傾けながら、静かに目を閉じた。
風が木々を揺らし、川の水音だけが、いつまでも変わらずに続いていた。
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