2026年9月18日金曜日
夏の終わりの浜辺を歩く黒猫の後ろ姿
夏の終わりの浜辺を歩く黒猫の後ろ姿——真っ黒な毛並みを持つ一匹の猫が、静かに波打ち際を歩いている。
夏の終わりを告げるように、太陽の光はどこか柔らかくなっていた。真昼の眩しさは薄れ、風には涼しさが混じり始めている。砂浜には人の姿もまばらで、色とりどりのビーチパラソルはすでに片付けられ、代わりに静けさがそこを支配していた。
その静けさの中を、一匹の黒猫がゆっくりと歩いていた。名前はまだ誰にも呼ばれたことのない、この浜辺で暮らす野良猫だった。夏の間は観光客が落とす食べ物のかけらや、漁師が分けてくれる魚のあらで腹を満たしていたが、季節が変わろうとする今、彼もまた何かを感じ取っているようだった。
黒い後ろ姿は、波が引いていく音に合わせるようにゆっくりと進む。足元には濡れた砂が広がり、一歩ごとに小さな足跡が刻まれては、また次の波にさらわれて消えていった。まるで夏の記憶そのものが、少しずつ洗い流されていくようだった。
猫は時折立ち止まり、遠くの水平線を見つめた。夕方には少し早い時間だったが、空はすでにオレンジ色を帯び始めていて、海面にその光を映していた。夏の終わりの光は、真夏のそれよりもどこか儚く、優しい。
砂浜に打ち上げられた貝殻や、流れ着いた海藻の間を器用に歩きながら、黒猫はふと足を止め、後ろを振り返った。誰かがいるわけでもないのに、まるで過ぎ去った季節に別れを告げるような仕草だった。その瞬間だけ見せた横顔には、どこか物思いに耽るような表情が浮かんでいた気がする。
再び前を向いた黒猫は、また歩き出す。遠くでは、夏の終わりを惜しむように蝉の声がまだかすかに聞こえていた。だが、その声も以前より弱々しく、秋の気配に押されつつあることを教えてくれる。
浜辺の先には、小さな岩場があった。黒猫はそこへ向かって歩みを進める。岩の隙間には、まだ夏の名残を留める小さなカニたちが潜んでいて、猫が近づくとさっと姿を隠した。それでも黒猫は慌てることなく、まるでこの場所のすべてを知り尽くしているかのように、悠然と歩を進めていった。
岩場にたどり着くと、黒猫は平らな岩の上に飛び乗り、そこに腰を下ろした。海を見つめるその後ろ姿は、まるで一枚の絵のようだった。夕暮れ前の柔らかな光が、黒い毛並みを縁取るように照らし、輪郭だけがぼんやりと浮かび上がる。
しばらくそうして海を眺めていた黒猫だったが、やがてゆっくりと目を閉じた。潮風が彼の毛を揺らし、遠くから聞こえる波の音が子守唄のように響いていた。夏が終わろうとしているこの瞬間、彼にとってこの浜辺は、いつもと変わらない、けれど少しだけ特別な場所だっ
たのかもしれない。
そしてまた、目を開けた黒猫は岩から降り、再び歩き出した。行く先はわからない。ただ、彼はこの季節の終わりを、誰よりも静かに、誰よりも深く感じながら、浜辺を歩き続けていくのだろう。
夏の終わりの浜辺に、黒猫の後ろ姿だけが、いつまでも小さく揺れていた。
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