2026年9月15日火曜日

イタドリとメインクーンという猫

イタドリとメインクーンという猫

 古い書店の裏手に、細い路地があった。舗装のひび割れから、イタドリが力強く伸びている。春先には赤みを帯びた若い茎を伸ばし、今はもう人の背��丈ほどに育って、白い小さな花を穂のように咲かせていた。

 その路地の奥に、一軒の古本屋があった。表の看板は色褪せて、店名すらもう読み取れない。店主は年老いた男で、毎日決まった時間に店先の縁台に腰かけ、文庫本を読むのを日課にしていた。

 彼の隣には、いつも大きな猫がいた。メインクーンという猫種で、ふさふさとした尻尾と、賢そうな金色の目を持っていた。名前はまだ、誰もつけていなかった。ある日、店主がふと道端で拾ってきたのだという。

 猫はイタドリの茂みが好きだった。風が吹くと葉がさらさらと音を立て、その下に潜り込んでは、じっと通りを眺めている。誰かが本を求めてやってくるのを、まるで待っているかのように。

「今日も静かだな」

 店主はページをめくりながら、猫に話しかけた。返事はないが、猫は尾の先を軽く動かして応えた。それで十分だった。

 ある夕方、女の子がひとり、路地に迷い込んできた。手には古い一冊の本を抱えている。表紙はぼろぼろで、題名も判じがたい。

「あの……この本、直せますか」

 店主は本を受け取り、しばらく眺めた。ページの隙間から、押し花のように乾いたイタドリの葉が一枚、するりと滑り落ちた。

「これは、随分昔のものだね」

 女の子は頷いた。祖母の形見だという。誰にも読めない字で、何かが書き込まれていた。

 店主は静かに製本の道具を取り出し、丁寧に糊を塗り直していった。猫はその手元をじっと見つめ、時折、女の子の膝にそっと頭を寄せた。まるで、大丈夫だよと言うように。

 作業が終わる頃には、路地には夕焼けが差し込み、イタドリの穂が金色に輝いていた。

「直りましたよ」

 店主が本を渡すと、女の子は嬉しそうに抱きしめた。そして、猫の背をゆっくりと撫でた。

「この子、名前は?」

「まだ、ないんだ」

 女の子は少し考えて、本の中の乾いたイタドリの葉を指差した。

「じゃあ、『虎杖』は、どうですか」

 店主は笑って、その名を猫に呼びかけた。猫は、まるで昔からその名を知っていたかのように、静かに目を細めた。

 路地には風が吹き、イタドリの葉がまた、さらさらと揺れた。古い本の匂いと、猫の温かさと、誰かの記憶が、その小さな場所にそっと積み重なっていくようだった。


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