2026年9月16日水曜日
ウリクサとメインクーン
庭の隅、誰も気に留めないような日陰に、その花は咲いていた。ウリクサ。薄紫色の小さな花で、地面に這うように広がり、踏まれても踏まれても、また同じ場所に顔を出す。
その庭に住む大きな猫は、メインクーンだった。ふさふさとした尻尾と、堂々とした体つき。近所の子どもたちからは「森の主」と呼ばれていたが、当の本人はいたって呑気で、日がな一日、日向と日陰を行ったり来たりしながら過ごしていた。
ある朝、メインクーンはいつものように庭を一周していた。石畳の隙間、植木鉢の裏、物置の影。決まった順路を、決まった速度で歩く。それが彼の日課だった。
そして、いつもの日陰の角を曲がったところで、ふと足を止めた。
そこに、ウリクサが咲いていた。
別に珍しいものではない。去年もそこに咲いていたし、一昨年もそうだった。だが、その日はなぜか、彼はしばらくその場に座り込んで、小さな花をじっと見つめていた。
風が吹くたびに、ウリクサの花びらが揺れる。メインクーンの長い毛も、同じ風に揺れる。まるで示し合わせたように、二つの小さな動きが庭の静けさの中で重なっていた。
猫に花の名前などわからない。それでも、彼はその場所を気に入っているようだった。誰かに教えられたわけでもないのに、暑い日も、風の強い日も、彼は決まってその日陰の角に立ち寄り、少しの間だけ腰を下ろす。まるでそこだけ、時間の流れ方が違うとでもいうように。
ウリクサの方も、踏まれることを恐れているようには見えなかった。大きな体がすぐそばに座っても、茎を伏せることもなく、ただ静かに、いつも通りの姿でそこにあり続けた。
庭を通りかかった家の人が、ふとその光景に気づいて足を止めることがあった。大きな猫が、地面すれすれに咲く小さな花のそばで、目を細めて座っている。何をするでもなく、ただそこにいるだけの二つの存在。
声をかけようとして、やめた。
何か、声をかけてはいけないような気がしたのだ。
季節が変わり、ウリクサの花は少しずつ数を減らしていった。それでも、根はそこに残り、また次の年、同じ場所から芽を出すことだろう。メインクーンは相変わらず、日陰の角を通るたびに、そこで一息ついていた。花があってもなくても、彼にとってその場所は、庭の中でいちばん落ち着く場所であり続けた。
誰に見せるためでもない。誰かに気づいてもらうためでもない。
ただ、そこに咲いて、そこに座る。それだけで十分だった。
小さな花と、大きな猫。この庭の片隅では、今日もそんな静かな時間が流れている。
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