2026年9月19日土曜日
癒される秋のキンミズヒキが揺れる野道と黒猫
村はずれの野道には、秋になると決まって黄色い小さな花が並んで咲く。キンミズヒキだ。細い茎の先に、粒のような花をいくつも連ねて、風が吹くたびに小刻みに揺れている。誰かが植えたわけでもないのに、毎年同じ場所に律儀に顔を出すその花を、この道を通る人は「今年も咲いたね」と、ふと足を止めて眺めていくのだった。
その野道の途中、少し盛り上がった土手のところに、一匹の黒猫がいつからか座るようになっていた。艶やかな黒い毛並みに、金色の瞳をした猫で、誰の飼い猫でもないらしい。かといって痩せているわけでもなく、どこかゆったりとした佇まいで、道行く人を眺めているのがその猫の日課のようだった。
夕方になると、光の角度が変わって、キンミズヒキの黄色がいっそう際立つ。黒猫はその花のそばに寝そべり、時折片方の耳だけをぴくりと動かして、遠くで鳴く鳥の声に応えていた。花の茎が風に揺れるたび、黒猫の尻尾も同じ拍子で揺れる。まるで示し合わせたように、花と猫がひとつの呼吸をしているようだった。
この道をよく通る老人がいた。杖をつきながらゆっくりと歩く彼は、いつもこの場所で立ち止まる。
「今日も咲いとるな」
誰に言うでもなくつぶやいて、黒猫のほうをちらりと見る。黒猫は逃げも隠れもせず、ただ半分閉じた目でこちらを見返すだけだった。老人はそれだけで満足したように、また杖を鳴らして歩き出す。この短いやりとりが、二人にとってはもう何年も続く、変わらない秋の挨拶になっていた。
ある日、老人がいつもより遅い時間にやってきた。日はすでに傾き、野道は淡い橙色に染まっている。キンミズヒキの花穂が逆光に透けて、まるで小さな灯りが並んでいるように見えた。黒猫はその光の中に座り、まぶしそうに目を細めている。
「今日は遅くなってしもうた」
老人がそう言うと、黒猫はゆっくりと立ち上がり、二、三歩、老人のほうへ歩み寄った。そうして、そのまま隣を並んで歩き出す。まるで送り迎えでもするかのように。
二人――いや、一人と一匹は、しばらく無言のまま野道を進んだ。キンミズヒキの花が二人の足元で揺れ、風がそれを追いかけるように吹き抜けていく。虫の声がどこからともなく響き、日が沈みきる直前の、あの特別な静けさが辺りを包んでいた。
道の分かれ道まで来ると、黒猫は足を止めた。ここから先は、老人の家へと続く道。猫はそれ以上ついていくことはせず、来た道をゆっくりと引き返していく。老人はその背中を見送りながら、小さく頭を下げた。
「また明日な」
声は誰にも届かなかったかもしれない。けれど、黒猫の尻尾がひとつ、ふわりと揺れたのを見て、老人は確かに応えてもらった気がした。
誰に頼まれたわけでもなく、誰かに褒められるわけでもない。ただ毎年同じ場所に咲く花と、そのそばに座る一匹の猫。それだけの、小さな物語。けれど、この野道を通るたびに、人々の心はふっと軽くなる。急ぐ必要のない秋の夕暮れに、キンミズヒキの黄色と黒猫の艶やかな毛並みが寄り添う光景は、何も足さず何も引かず、ただそこにあるだけで十分だった。
やがて花は枯れ、季節は巡っていく。それでも来年、また同じ場所に黄色い花が咲けば、きっとあの黒猫も、変わらぬ顔でそこに座っているのだろう。
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