2026年9月18日金曜日

枕が好きなマンチカン

枕が好きなマンチカン

短い脚に、ずんぐりとした体。マンチカンのハチは、この家に来てからずっと、ひとつの真実を胸に抱いていた。

――枕こそが、この世でいちばん尊いものである。

朝、日差しがカーテンの隙間から差し込むころ、ハチはいつも寝室の枕の上で目を覚ます。人間用の大きな枕は、彼にとってちょうどいい大陸だった。ふかふかとした表面に爪を立て、ゆっくりと沈み込む感触を確かめる。それから、ぐるりと一周してから、ようやく決まった場所に丸くなる。これが毎朝の儀式だった。

「またそこにいるの」

飼い主の綾子が笑いながら声をかけても、ハチは耳をぴくりと動かすだけで、枕から離れようとはしない。短い足では高いところに飛び上がるのは苦手なハチだったが、ベッドの上の枕までなら、渾身の力でなんとか登れる。その努力の甲斐があってこそ、この寝床は特別なのだと、ハチは信じていた。

ある日、綾子は新しい枕を買ってきた。今までよりも少し大きく、真っ白なカバーがかかった、いかにも上質な枕だった。それを見たハチの目が、みるみる輝いていく。

「気に入った?」

綾子が笑いながら床に置くと、ハチはすぐさま駆け寄り、鼻先をくんくんと近づけた。新しい布の匂い、まだ誰の匂いも染みついていない真っ白な匂い。それから、まるで確認するように、片方の前足でそっと押してみる。ふわり、と沈む感触。合格、というように、ハチはゆっくりとその上に体を預けた。

その日から、ハチの寝床は二つになった。古い枕と、新しい枕。気分によって、行ったり来たりする。古い枕には長年の匂いと安心感があり、新しい枕にはまだ知らない、ひんやりとした清潔さがあった。どちらも譬えようもなく、ハチにとっては尊い存在だった。

けれど、ハチにはもうひとつの困りごとがあった。それは、綾子自身が枕を使ってしまうことだった。夜になると、綾子はベッドに入り、当然のように枕に頭をのせる。ハチはその様子を、少し離れたところからじっと見つめる。あの枕は、本来は自分のものであるはずなのに。

そこでハチは、ある作戦を思いついた。綾子が眠りに落ちるのを待ち、そっと近づいていく。そして、綾子の頭のすぐ横、枕のわずかに空いたスペースに、器用に体をねじ込むのだ。短い足だからこそできる、絶妙なバランス感覚。朝になると、綾子の頭とハチの頭が、同じ枕の上で並んでいることも少なくなかった。

「ハチ、また私の枕に……」

寝ぼけた声でつぶやく綾子に、ハチは満足そうに目を細める。彼にとってそれは、独り占めできなかった代わりに手にした、もうひとつの幸せの形だった。

季節が変わり、冬が近づくころ、綾子は枕にあたたかいカバーをかけた。柔らかな起毛の布地は、いつもよりずっと暖かい。ハチはその変化にいち早く気づき、これまで以上に長い時間、枕の上で過ごすようになった。丸くなって眠るハチの姿は、まるで枕そのものの一部になったかのようだった。

友人が家に遊びに来たとき、ハチの枕への執着ぶりを見て、思わず笑ってしまった。

「こんなに枕が好きな猫、初めて見た」

綾子はそれに頷きながら、こう答えた。

「きっと、枕の上にいるときが、この子にとって一番安心できる場所なんだと思う」

その言葉の通りだった。ハチにとって枕は、ただの寝床ではない。柔らかさに包まれ、匂いに満たされ、誰かの温もりが残る場所。短い足で懸命に登り、ようやく辿り着く特別な高台。そこにいる限り、ハチはいつも静かに満たされていた。

夜が更け、部屋の明かりが消えると、ハチはまた音もなく枕の上へと登っていく。今日はどちらの枕にしようか、少し考えるように首をかしげ、それから、ゆっくりとその上に体を沈めた。

窓の外で、風が静かに鳴っていた。けれど、枕の上のハチには、それはもう遠い世界の出来事だった。彼はただ、目の前にある柔らかさに包まれて、静かに眠りへと落ちていくだけだった。


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