2026年9月15日火曜日
黒猫の休憩
昼下がりの図書館は、いつもより静かだった。
司書の手が止まった本棚の隅、返却された古い写真集の上に、いつの間にか黒猫が座っていた。誰も入れたはずのない裏口から、どうやって入り込んだのかは分からない。ただ、その猫はまるで前からそこにいるのが当然のような顔で、丸くなっていた。
窓から差し込む光の帯が、書架のあいだをゆっくりと動いていく。黒猫はその光の道をぼんやりと目で追いながら、時々まぶたを閉じた。周りには紙の匂いと、古いインクの匂いが混ざり合って漂っている。誰かが読み終えたばかりの本のページには、まだ人の指のあたたかさが残っているようだった。
司書はしばらく黒猫を見つめていたが、追い出すこともせず、そっとカウンターに戻った。この猫がここに来るのは、今日が初めてではない。決まって午後の、人が少なくなる時間に現れて、同じ場所で丸くなる。まるで、この時間だけがこの猫のものだと決めているかのように。
外では風が強くなってきたのか、窓の外の木々がざわめいている。それでも書架の奥は、風のことなど関係のない、静かな箱のような空間だった。黒猫はその静けさの中で、耳だけをぴくりと動かし、また眠りに戻っていく。
誰かが借りていった本が戻ってくるたび、その本には知らない誰かの時間が挟まっている。黒猫はそれを知っているのかどうか、確かめる方法はない。ただ、古い紙の上で丸くなる姿は、まるでそのページに書かれた物語のひとつを、自分の身体で読んでいるようにも見えた。
やがて夕方の光が橙色に変わる頃、黒猫はゆっくりと体を起こし、大きく伸びをした。休憩の時間は終わりだ。誰に言われたわけでもないのに、猫は静かに書架の隙間へ姿を消していった。
残された写真集の上には、猫のかたちにへこんだあたたかさだけが、しばらく残っていた。
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