2026年9月20日日曜日
夏の終わりの波打ち際の夕焼けと黒猫
浜辺に着いたとき、太陽はすでに海の向こうへ傾きかけていた。潮風はまだ夏の名残を含んでいたけれど、その中にどこか涼やかな秋の気配が混ざっているのを感じた。
砂浜には人影がほとんどなく、波の音だけが静かに響いていた。私は靴を脱ぎ、素足で波打ち際を歩き始めた。冷たい海水が足首をくすぐるたびに、一日の疲れがゆっくりと溶けていくような気がした。
しばらく歩いていると、波打ち際の少し先に黒い影があることに気づいた。よく見ると、それは一匹の黒猫だった。波が引くたびに現れる濡れた砂の上に、静かに座り込んでいる。夕焼けの光を浴びて、その黒い毛並みがオレンジ色に縁取られていた。
猫は私が近づいても、逃げようとはしなかった。ただ、まっすぐに海の方を見つめていた。まるで、沈んでいく夕日を見送ることが、この猫にとって毎日の大切な仕事のようにも見えた。
私はその隣に、少し距離を置いて座った。波が静かに寄せては返し、足元の砂を優しく洗っていく。空は少しずつ色を変え、橙色から深い紅へ、そしてその奥にはうっすらと紫の帯が広がっていた。
「今日も、暑かったね」
そう声をかけると、黒猫はちらりと私を見て、また海の方に視線を戻した。返事はなかったけれど、それでいいと思った。言葉のない時間の方が、時にはずっと心に馴染む。
波の音、風の匂い、そして隣にいる小さな生き物の気配。それだけで、胸の中にたまっていた小さなざわめきが少しずつ静まっていくのがわかった。
太陽が水平線に触れる瞬間、光の帯が海面いっぱいに広がった。黒猫はそのとき、ふっと目を細めた。まるで、眩しさよりも、その美しさに見入っているかのように。
「夏が、終わるね」
呟くように言った言葉に、猫は小さく尾を一度だけ振った。それが返事だったのかもしれない。
夕日はやがて海の底に沈み、空はゆっくりと藍色に染まっていった。最初の一つ星が、静かにその青の中に灯る。
黒猫は不意に立ち上がり、私の方をちらりと見てから、波打ち際を離れて砂浜の奥へと歩き出した。まるで「今日はここまで」と告げるように。
その後ろ姿を見送りながら、私は思った。夏が終わるということは、何かが失われることではなく、次の季節へとゆっくり移っていく、静かな合図なのかもしれない。
波は今日も、変わらずに寄せては返している。そして、この浜辺にはまた、明日も同じ黒猫が、同じ夕焼けを見つめに来るのだろう。
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