2026年9月17日木曜日
黒猫と秋風
古びた石畳の道の途中、低い塀の上に一匹の黒猫が座っていた。名前があるのかどうかもわからない、その黒猫は、いつもこの時間になるとこの塀の上に現れる。
季節はちょうど夏から秋へと移り変わる頃で、風の匂いが少しずつ変わってきていた。生ぬるい夏の空気が薄れ、代わりにどこか乾いた、澄んだ匂いが混ざり始めている。黒猫はその変化に、誰よりも早く気づいているようだった。
塀の上で、黒猫は目を細めて風を受けていた。風が吹くたびに、艶やかな黒い毛がわずかに波打つ。その姿は、まるで風そのものを味わっているかのようだった。
近くの木からは、色づき始めた葉が一枚、また一枚と舞い落ちてくる。黒猫はその葉の動きを目で追いながらも、追いかけることはしなかった。ただ静かに、視線だけでその軌道をなぞっている。子供のように無邪気に遊ぶ日もあれば、こうして何かを見つめ、考え込んでいるような日もある。今日は、そんな日のひとつだった。
夕方が近づくと、空の色も変わってくる。夏の間は真っ青だった空に、少しずつ橙色が混ざり始める。黒猫はその空を見上げ、しばらく動かなかった。塀の下を人が通り過ぎても、視線を空に向けたまま微動だにしない。
秋風が強く吹いた瞬間、黒猫の尻尾がふわりと持ち上がった。その動きに合わせて、近くの草むらがさわさわと音を立てる。黒猫は一度だけ小さく尾を振り、それからまた元の姿勢に戻った。
誰かに見られていることも、誰も見ていないことも、黒猫にとってはどちらも同じだった。ただ、この季節の変わり目にしか感じられない風の質感を、体全体で受け止めていたかった。
夕暮れが深まり、空の橙色が紫へと変わる頃、黒猫はようやく塀から降りた。足音もなく、しなやかに地面に降り立つと、来た道とは違う方向へゆっくりと歩き出す。
風はまだ吹いていた。夏の名残と、秋の始まりが入り混じったその風の中を、黒猫の後ろ姿が小さくなっていく。
また明日、同じ時間に、同じ塀の上で、黒猫は秋風を感じているのだろう。誰に見られることもなく、誰かに教えることもなく、ただその季節の移り変わりだけを、静かに知っている。
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