2026年9月21日月曜日
癒される秋晴れと自転車のかごにのっているマンチカン
空が高くなった。
夏の間はねっとりとまとわりついていた空気が、いつの間にか乾いた透明なものに変わっている。商店街の入り口に立てかけられた古い自転車の前かごに、一匹のマンチカンがちょこんと丸まっていた。
短い脚が特徴のこの猫は、飼い主のいない野良猫だった。誰かが置き忘れたわけでもないのに、なぜかこの自転車が気に入っていて、天気のいい日はいつもここにいる。かごの中は、朝の日差しでほんのり温められていて、まるで誰かがそのために用意した特等席のようだった。
商店街の八百屋のおじさんが、通りすがりに声をかける。
「おう、今日も特等席か」
マンチカンは片耳をぴくりと動かしただけで、目を閉じたまま返事をしない。返事をする気などさらさらないのだ。ただ、秋の風がかごの隙間を通り抜けていくのが心地よくて、それだけで十分だった。
自転車の持ち主は、商店街の端にある古本屋の店主だった。毎朝、店を開ける前にこの自転車で近くの川沿いを一周する。かごに猫が乗っていることに気づいたのは、もう半月も前のことだ。最初は驚いて追い払おうとしたが、あまりに気持ちよさそうに眠っているものだから、ついそのままにしてしまった。今ではもう、かごに猫が乗っていない朝の方が、なんだか物足りないと感じるようになっている。
その日も店主は、自転車を押しながらゆっくりと歩いた。走らせるとマンチカンが目を覚ましてしまうからだ。ハンドルを握る手に伝わる振動をできるだけ抑えながら、川沿いの道を進んでいく。
道の両側には、色づき始めた木々が並んでいた。まだ緑を残す葉と、赤や黄色に変わりつつある葉が入り混じって、まだら模様の屋根を作っている。頭上を抜けていく風は、少しだけ金木犀の香りを運んでいた。
橋のたもとまで来ると、店主は自転車を止めた。欄干にもたれて、川面を見つめる。水は澄んでいて、底の小石までくっきりと見えた。かごの中のマンチカンは、その音に反応してわずかに目を開けたが、すぐにまた瞼を閉じてしまう。よほど居心地がいいらしい。
「お前は、ここが好きなんだな」
店主がそう呟くと、マンチカンはまるで答えるように、小さく喉を鳴らした。ごろごろという低い音が、かごの中から響いてくる。それは肯定とも、ただの気まぐれともとれる、猫らしい返事だった。
しばらくして、店主はまた自転車を押し始めた。商店街に戻る頃には、通りにはもう人が増え始めていて、朝の光がアスファルトの上に長い影を落としていた。マンチカンは相変わらずかごの中で丸まったまま、揺れに身を任せている。
古本屋の前に着くと、店主は自転車を店先に立てかけた。マンチカンはようやく身を起こし、大きく伸びをしてからかごを飛び降りる。そして何事もなかったかのように、店の軒先で日向ぼっこを始めた。
澄み渡った秋の空の下、自転車のかごには小さな温もりの跡だけが残っていた。今日もまた、この商店街の一角に、誰に頼まれたわけでもない小さな幸せが転がっている。
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