2026年10月21日水曜日

癒される秋晴れの日の図書館の窓際と黒猫

癒される秋晴れの日の図書館の窓際と黒猫

 その日は、雲ひとつない秋晴れだった。

借りていた本を返すついでに、少しだけ図書館に寄ることにした。自動ドアが開くと、外の風の音がすっと遠ざかる。紙とインクと、ほんのり古い木の匂い。この匂いに包まれるだけで、肩の力が半分くらい抜けていく。

返却カウンターで本を渡し、奥の閲覧席へ向かう。いちばん好きなのは、南向きの大きな窓の前にある長机だ。午前の光がたっぷり差し込んで、机の上に窓枠の影が四角く並んでいる。

その光の中に、先客がいた。

黒猫だった。

艶のある毛並みが、日なたの中で深い藍色にも見える。窓際の出窓にきちんと前足をそろえて座り、目を細めて外を眺めている。首には小さな赤い首輪。どうやら、近所の誰かの飼い猫が散歩の途中で立ち寄ったらしい。図書館の人も慣れているのか、誰も驚いた様子はなかった。

私は音を立てないように、隣の椅子をそっと引いた。

猫は一度だけ、ちらりとこちらを見た。金色の瞳が、秋の光を丸ごと閉じ込めたみたいに澄んでいる。それから「どうぞ」とでも言うように、ふいと視線を窓の外へ戻した。

私は持ってきた文庫本を開く。ページをめくる紙の音が、静かな空間にやわらかく溶けていく。窓の向こうでは、銀杏の葉が一枚、また一枚と、ゆっくり落ちていった。

どれくらい経っただろう。

気づくと、本の内容より、隣の気配ばかり感じていた。ときどき、ふぅ、と小さな寝息のような音がする。尻尾の先が、とん、と出窓を叩く。陽だまりの温度が、ページ越しに手の甲へ伝わってくる。

何かをしなくていい時間というのは、実はとても贅沢なものだと思う。

急ぐ理由も、返す言葉も、ここにはない。ただ光があって、本があって、隣に黒猫がいる。それだけで、今日という一日はもう十分に満たされている気がした。

ふと、猫が大きく伸びをして、出窓からしなやかに降りた。そのまま私の足もとを通り抜けるとき、尻尾がくるりと、ふくらはぎをかすめていく。ほんの一瞬のあいさつだった。

黒い背中は、本棚の間をゆったりと進み、やがて見えなくなった。

残された出窓には、猫のかたちにほんの少しだけ、あたたかさが残っている。私はそこへ手を伸ばしかけて、やめた。そのぬくもりは、そのままにしておきたかった。

本を閉じて、窓の外を見上げる。

秋の空は、どこまでも高く青い。

帰り道、きっと私は少しだけ歩く速度をゆるめるだろう。銀杏の落ち葉を踏む音を、いつもより丁寧に聞きながら。

図書館の窓際には、静けさと光と、通りすがりの黒猫がくれる、ささやかな幸せがあった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます

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