朝から、空には雲ひとつなかった。
洗濯物を干し終えて、ふと縁側のほうを見ると、ガラス戸の向こうに小さな背中がある。三毛猫のミケだ。いつの間に出ていたのだろう。白と茶と黒のまだら模様が、秋の光をたっぷり浴びて、ほんのり金色に縁取られている。
戸を静かに開けると、ひんやりとした空気の中に、干したばかりの布団の匂いと、どこかの庭の金木犀が、ほのかに混ざって流れ込んできた。
「ここ、ええ場所やろ」
そう言いたげに、ミケは片目だけ開けて私を見た。それから、また目を閉じる。
私は湯呑みにほうじ茶を淹れて、ミケの隣に腰をおろした。縁側の板は、お日さまにあたためられて、ほんのり温かい。座布団なんかいらない。この温もりだけで十分だ。
庭の柿の木には、実が三つ、四つ。そのうちのひとつが、青空にぽつんと灯りのように浮かんでいる。
風がひと筋、さらりと通っていった。
ミケの耳が、ぴくりと動く。柿の葉が一枚、ひらひらと舞って、縁側のすぐ手前に落ちた。ミケは葉っぱをじっと見つめて、前足をそろそろと伸ばしかけて、そして、やめた。
どうやら今日は、狩りよりも、日向ぼっこのほうが大事らしい。
「そうやな、今日はそれでええわ」
私が小さくつぶやくと、ミケは「ふにゃ」と、返事ともあくびともつかない声を出した。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
遠くで、自転車のベルが鳴る。誰かが布団を叩く音。電線にとまった雀が、ちゅんちゅんと世間話をしている。町のいつもの音が、少しだけ遠くて、少しだけやさしい。
ふと見ると、ミケが体をぐっと伸ばして、私の膝にそっと前足をのせていた。
重さは、ほとんど感じない。けれど、そこだけがじんわりと温かい。
ほうじ茶の湯気が、ゆらゆらと立ちのぼって、秋の青空に溶けていく。
思えば、最近はずっと、時計ばかり見ていた気がする。次の予定、次の連絡、次にやること。頭の中がいつも、先へ先へと走っていた。
けれど、この縁側には、時計がない。
あるのは、日向と、猫の寝息と、湯呑みのぬくもりだけ。
ミケの胸が、ゆっくり上下している。その呼吸に合わせて、私の肩の力も、少しずつ抜けていく。ああ、そうか。ゆっくりしていいんだ。何もしなくても、今日という日は、ちゃんとここにあるんだ。
太陽が少しだけ傾いて、縁側の影が、ほんの数センチ伸びた。ミケは、その動きに合わせるように、日向のほうへちょこちょこと座り直す。ちゃっかりしている。でも、その自由さが、なんだか羨ましくて、愛おしい。
私も、少しだけ体をずらして、同じ日向に入った。
まぶたの裏が、あたたかいオレンジ色に染まる。
秋晴れの日の縁側は、世界でいちばん小さくて、いちばん贅沢な場所なのかもしれない。
ミケの寝息と、柿の葉のそよぐ音。
そのどちらも、私にとっては、何よりのごちそうだった。
湯呑みの底に残ったお茶が、すっかりぬるくなったころ、ミケがもう一度、私の顔を見上げた。
そして、満足そうに、ごろごろと喉を鳴らした。
その音を聞きながら、私はもう少しだけ、このままでいようと思った。
秋の光の中で、ただ、猫と並んで座っている。
それだけで、心の中の、固くなっていた何かが、静かにほどけていくのだった。
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