2026年10月25日日曜日

癒される秋雨の午後と毛布の上で丸くなるメインクーンという猫

癒される秋雨の午後と毛布の上で丸くなるメインクーンという猫

 雨は、昼過ぎから降りはじめた。

最初は気のせいかと思うほどの細い音だった。窓ガラスに、ぽつり、ぽつりと粒が当たる。やがてその間隔が詰まっていき、気がつけば、家じゅうが静かな雨音に包まれていた。

私はソファの端に腰かけて、湯気の立つマグカップを両手で持っていた。ほうじ茶の香ばしい匂いが、鼻先をゆっくりとなでていく。

窓の外は、灰色がかった白だった。向かいの家の屋根も、庭の南天の赤い実も、雨に濡れてしっとりと色を深くしている。晴れた日の秋が「にぎやかな秋」なら、雨の日の秋は「ささやく秋」だと思う。

「ねえ、雨だよ」

そう声をかけても、返事はない。

返事のかわりに、部屋の隅から、ふう、と長い息が聞こえた。

そこには、ソファの足もとに敷いたベージュの毛布があって、その真ん中に、大きな丸いかたまりが鎮座している。

メインクーンのモカだ。

長い毛は、茶と黒と白がやわらかく混ざり合っている。ふさふさの尻尾は自分の体をぐるりと一周して、鼻先にそっとかぶさっていた。顔の半分は尻尾の下。見えているのは、片方の耳と、閉じかけた琥珀色の目だけ。

こうして丸くなったモカは、猫というより、ひとつの小さな丘のようだ。

雨の音が、少し強くなった。

モカの耳が、ぴくりと動く。薄く開いた目が、窓のほうへ向いた。ガラスをつたう水滴を、じっと見ている。ひとつの滴が、ほかの滴を巻き込みながら、すうっと流れ落ちていく。それを最後まで見届けると、モカはまた、ゆっくりとまぶたを下ろした。

「そうだよね。見届けたら、もう安心だよね」

私は小さく笑って、マグカップに口をつけた。

思えば、こんなに何もしない午後は、ずいぶん久しぶりだった。

やらなければならないことは、いくつもあった。返信していないメッセージ。洗濯物。夕飯の買い出し。けれど、雨が降ると、それらはどれも少しだけ遠くなる。「今日は仕方ないよね」と、雨が代わりに言い訳をしてくれるのだ。

私は読みかけの本をひざに置いたけれど、一行も進まなかった。ページを開いたまま、ただモカの寝息を聞いていた。

すう、すう、と規則正しい音。

ときどき、ぐるる、と喉の奥が低く鳴る。眠りながら鳴らすその音は、遠くで回る古い機械のようにやさしくて、雨音とふしぎなほどよく重なった。

どれくらい時間がたったのだろう。

ふと気づくと、部屋の明かりが少し変わっていた。雲の厚みが変わったのか、窓の白さがほんのり金色を帯びている。雨はまだ降っているのに、光だけが、そっと差し込んできていた。

その光が、毛布の端を照らす。

モカの背中の毛が、光を受けて、一本一本きらきらと浮かび上がった。茶色の毛先が金色に透けて、まるで秋の野原そのものを背負っているみたいだった。

私は息をひそめた。

動いたら、この景色がこわれてしまいそうで。

そのとき、モカがもぞりと体をずらした。毛布の中で前足をぐっと伸ばし、また丸くなる。そして、なぜか私のほうを見て、ゆっくりと一度だけ、まばたきをした。

猫のゆっくりとしたまばたきは、「安心しているよ」の合図なのだと、どこかで聞いたことがある。

本当かどうかは分からない。けれど私は、その合図をそのまま受け取ることにした。

私もそっと、まばたきを返す。

モカは満足したように、尻尾に鼻をうずめた。

雨は、まだ降っている。

でも、不思議と、寂しくはなかった。

雨の午後には、雨の午後にしかない静けさがある。急がなくていいこと。何も生まなくていいこと。ただ、あたたかい飲み物と、毛布の上の小さな丘と、窓をつたう水滴があれば、それで一日が足りてしまうこと。

湯気は、いつのまにか細くなっていた。私はぬるくなったほうじ茶を、ゆっくりと飲み干す。

窓の外では、南天の赤い実に、大きな雨粒がひとつ、ぷくりと膨らんで、静かに落ちた。

足もとでは、モカが夢の中で、ほんの少し前足を動かしている。野原でも駆けているのだろうか。

私はそっと毛布の端を引き上げて、丸い背中にかけてやった。

秋の雨は、今日も、ささやくように降っている。

そしてこの部屋の時間だけが、ゆっくりと、ゆっくりと、流れていた。

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