海沿いの坂道をのぼりきったところに、その家はある。
屋根瓦は潮風に色を落とし、縁側の板は踏むたびに小さく鳴く。もう誰も住んでいないと思われているけれど、窓だけは、いつも誰かが拭いたみたいに澄んでいる。
その朝は、夜明け前から雨だった。
秋の雨は、夏の雨のように急がない。屋根を叩くのではなく、撫でるように降る。トタンの庇に落ちた雫が、一定の間をおいて、ぽつん、ぽつんと軒先の石を打っていた。
窓辺には、先客がいた。
黒猫である。
古い民家の窓枠は、猫が座るためにつくられたのではないかと思うほど、ちょうどいい幅をしている。猫は前足を揃え、尻尾を足元にくるりと巻いて、ガラスの向こうをじっと見つめていた。
窓の外には、灰色の海が広がっている。
水平線は雨に溶けて、どこからが空で、どこからが海なのか、もう分からない。ただ、波だけが正直だった。寄せては返し、寄せては返し、低い音を砂浜に置いていく。
ざざあ……。
ざざあ……。
猫の耳が、ぴくりと動いた。
雨音と波音は、似ているようでいて、まるで違う。雨は細かい粒の音で、波は大きな呼吸の音だ。その二つが重なると、世界がひとつの大きな楽器になったように聞こえる。猫はそれを、目を細めて聴いている。
家の中は、しんと静かだった。
柱時計は止まったまま、午後三時を指している。畳には、窓から入る薄い光が四角く落ちていた。少し湿った木の匂いと、遠くから届く潮の匂い。その二つが、部屋の空気をやわらかくしている。
この家にも、かつては人の声があったのだろう。
台所から立ちのぼる味噌汁の湯気。縁側で干された洗濯物。波の音を子守唄にして眠った、小さな子どもの寝息。
そういうものはみんな、静かに家の壁に染み込んでいる。だから、ここに座っていると、不思議と寂しくない。誰かがすぐそばにいるような、ぬくもりの名残があるのだ。
黒猫は、そのことを知っているのかもしれない。
ときどき、ゆっくりとまばたきをする。それは「ここにいるよ」という挨拶にも、「もう少しこうしていよう」という相談にも見えた。
雨脚が、ふっと弱まった。
屋根を伝う雫の間隔が長くなり、波の音がいちだんと大きく聞こえてくる。沖のほうで、雲がほんのわずかに明るくなった。灰色の中に、真珠のような白が一筋、にじんでいる。
猫は動かない。
ただ、耳だけを海のほうへ向けている。
きっと猫にとって、この時間は「待つ」ものではないのだ。雨が上がるのを待っているわけでも、誰かが帰ってくるのを待っているわけでもない。ただ、いまここに降る音を、全部受け取っている。
私はそれを見ていて、ふと思った。
人はいつから、音を「聴く」ことをやめて、「聞き流す」ようになったのだろう。
波の音をちゃんと聴いたのは、いつが最後だっただろう。雨の音を、嫌がらずに、ただ美しいと思えたのは。
窓辺の黒猫は、何も教えてくれない。けれど、その背中の丸みが、答えのかわりにそこにあった。
急がなくていい。
何かを成し遂げなくてもいい。
雨の日は、波の音を聴くだけで、ちゃんと一日になる。
やがて雨は、細い糸のようになって、静かに消えていった。窓ガラスには、いくつもの水滴が残り、その一粒一粒に、小さな海が映っている。
猫は大きくあくびをして、前足をそろえ直し、また目を閉じた。
波の音は、変わらず続いている。
ざざあ……。
ざざあ……。
古い民家の窓辺で、黒猫は今日も、海の呼吸に耳を澄ませている。
その横顔は、秋の雨の日にいちばん似合う、やさしい静けさをまとっていた。
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