その庭の奥には、古い柿の木が一本立っている。
九月の終わりから、その根もとの木陰に、小さな花が咲きはじめる。ホトトギスだ。白い花びらに、紫の斑点がぽつぽつと散っている。誰かが小さな筆で、ためらいながら点を打っていったような模様である。
その日の午後、私は縁側に腰かけて、温かい麦茶を飲んでいた。
空は高く、風は少しだけ冷たい。夏のあいだ庭をにぎやかにしていた蝉の声は、もうどこにもなかった。聞こえるのは、柿の葉が擦れ合う、さらさらという音だけだ。
ふと庭の奥に目をやると、ホトトギスの隣に、茶色のかたまりが丸くなっていた。
マンチカンのミルだ。
ミルは短い足を体の下にきちんとたたみ込み、前足を胸のあたりに重ねて、目を細めている。木漏れ日が、ちょうどミルの背中の真ん中だけを照らしていた。毛の一本一本が、やわらかい金色に光っている。
ときどき耳がぴくりと動く。風の音を聞いているのか、夢の中で何かを追いかけているのか。
その鼻先で、ホトトギスの花が静かに揺れていた。
ホトトギスという名前は、鳥のホトトギスの胸にある模様に、花の斑点が似ているところからついたのだという。
そう思って見ると、たしかに似ている気がしてくる。けれど私には、花の斑点が、ミルの背中の縞に重なって見えた。花びらの紫の点と、ミルの毛並みの濃淡。どちらも、誰かが丁寧に描いたとしか思えない模様だった。
自然というのは、細かいところほど、ずいぶんと手間をかけるものだ。
ミルが、ゆっくりと目を開けた。
琥珀色の瞳が、こちらを見る。それから、何も言わずに、ふわあ、と大きなあくびをした。小さな牙がのぞき、ピンク色の舌がくるりと丸まる。
あくびが終わると、ミルはまた目を閉じた。まるで「用事はそれだけ?」とでも言うように。
私は思わず笑ってしまった。
秋の午後は、不思議と時間の流れがゆるやかになる。
急ぎの用事も、返しそびれたメールも、少しだけ遠くへ行ってしまう。かわりに、風の温度や、葉の匂いや、猫の寝息のようなものが、ぐっと近くに寄ってくる。
私は麦茶を飲み干し、湯のみをそっと縁側に置いた。音を立てないように。ミルの眠りを、邪魔したくなかったからだ。
柿の葉が一枚、ひらりと落ちてきた。
ホトトギスの花の上をかすめて、ミルの背中にふわりと乗る。ミルは気づかない。葉っぱを背負ったまま、すうすうと眠りつづけている。
木漏れ日が、少しずつ傾いていく。
紫の斑点を散らした花も、まどろむ小さな猫も、やがて夕方の色に染まっていくのだろう。それまでのあいだ、私はもう少しだけ、この庭を眺めていようと思った。
秋の木陰には、特別なことは何も起こらない。
けれど、何も起こらないということが、こんなにもやさしいのだと、花と猫が教えてくれる午後だった。
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