2026年10月21日水曜日

癒される秋のオケラの咲く雑木林と黒猫

癒される秋のオケラの咲く雑木林と黒猫

 雑木林の入口には、細い獣道のような小径がある。

十月の終わりに近い午後、わたしは理由もなくそこへ入っていった。急ぎの用事も、行き先もない。ただ、朝から胸のあたりにうすい靄のようなものが居座っていて、それを連れて歩きたくなったのだった。

足もとで、落ち葉が乾いた音を立てる。コナラとクヌギの葉は、踏むたびにかさりと鳴った。どんぐりがひとつ、頭上の枝から落ちて、小径の端に転がっていく。

木々のあいだを抜ける光は、夏のそれとはちがっていた。低く、やわらかく、琥珀色をしている。葉の隙間からこぼれた光が地面に斑を描き、歩くたびにその斑が足の甲を撫でていった。

小径を少し進んだところで、ふと足が止まった。

林の縁、日だまりのいちばん濃いあたりに、白い花が咲いている。

オケラだった。アザミに似た頭花の根もとを、魚の骨のようなトゲのある苞が、襟のようにぐるりと囲んでいる。花そのものは白く、ほんのり紅を含んでいて、派手さはどこにもない。けれど、ほかの草がみな色を落としはじめた秋の林で、その花だけが、静かに灯りをともしているように見えた。

昔の人は、この根を薬にしたという。年の暮れには、邪気を払うために燃やしもしたそうだ。そんな由緒を背負っているくせに、いまは誰にも気づかれない顔をして、林の縁に立っている。

わたしはしゃがみこんで、しばらくその花を見ていた。

そのとき、花のうしろの藪が、かすかに揺れた。

現れたのは、黒猫だった。

夜の切れ端をそのまま切り取ってきたような、真っ黒な猫。けれど、日だまりに足を踏み入れた瞬間、毛並みの縁が琥珀色に縁取られて、墨ではなく、深い焦げ茶の艶をしていることがわかった。目は金色で、まっすぐにわたしを見ている。

逃げるでもなく、近づくでもなく。

猫は、わたしとオケラのあいだの、ちょうど真ん中あたりで足を止めた。そして、何事もなかったように、その場にすとんと腰を下ろした。

わたしも動かなかった。動いてはいけない気がした。

風が、林を渡っていく。頭上でコナラの葉が擦れあい、ざあ、と海のような音がした。黒猫の耳が、その音のほうへ小さく向く。オケラの白い花が、ひとつ頷くように揺れる。

その時間のなかに、わたしのいるべき場所がひとつ、ちゃんと空いていたような気がした。

朝からの靄は、いつのまにか薄らいでいた。消えたわけではない。ただ、胸の奥のほうへ、静かに沈んでいって、もう急に浮かんでこようとはしなかった。

黒猫は、ゆっくりとひとつ瞬きをした。猫の瞬きは、信頼の合図なのだと、どこかで聞いたことがある。わたしもそっと、まばたきを返してみた。

猫は、ふいと顔をそむけた。それが少しだけ、満足げに見えた。

やがて日が傾いて、光の色が琥珀から蜜柑色に変わりはじめたころ、猫は立ち上がった。尻尾をゆるやかに揺らしながら、林の奥へ歩いていく。落ち葉を踏む音は、ほとんどしない。黒い背中は、木々の影に溶けて、最後に耳の先だけが光を拾って、そして見えなくなった。

あとには、オケラの白い花だけが残った。

わたしは立ち上がり、膝についた枯れ葉を払った。帰り道の小径は、来たときよりも少しだけ、明るく見えた。

雑木林は、何も約束してくれない。花も、猫も、光も、ただそこにあって、通りすぎる人間を静かに受け入れるだけだ。それでいいのだと思う。それがいいのだと思う。

秋のたそがれ、林の縁に咲く小さな白い花と、そのそばを横切っていった一匹の黒猫。

それだけの午後が、いまのわたしを、いちばん深いところで癒してくれた。

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