九月の終わりの夕方、わたしは川沿いの土手を歩いていた。
仕事帰りに遠回りをするようになったのは、いつからだっただろう。駅から家までは真っ直ぐ帰れば十分ほどなのに、気づけば足が自然と土手のほうへ向く。理由はうまく説明できない。ただ、あの道を歩くと、肩に乗っていた一日分の重さが、少しずつ草の中へ落ちていく気がした。
その日の土手は、チカラシバの季節だった。
夏のあいだは地味な草にしか見えなかったのに、秋になると、細長い穂が一斉に立ち上がる。濃い紫がかった茶色の穂は、ブラシのようにふさふさとしていて、夕日が差すと、先のほうだけが金色に透けた。風が吹くたびに、穂は同じ方向へゆっくり傾き、そしてゆっくり戻ってくる。波のようでもあり、誰かの深呼吸のようでもあった。
わたしは立ち止まって、その揺れをしばらく眺めた。
そのときだった。穂の海の向こうで、ひとつだけ、揺れ方の違うところがあった。風のせいではない。何かが、草の根もとを歩いているのだ。
目を凝らすと、茶色と白の小さな背中が見えた。
猫だった。それも、ずいぶん足の短い猫だ。
マンチカンだと、すぐに分かった。胴はふっくらしているのに、足だけが少し控えめで、歩くたびにお腹のあたりが草の先をかすめていく。短い足を一生懸命に動かして、チカラシバの穂をかき分けながら、その猫は土手の斜面を横切っていた。
首輪はついていなかった。けれど、毛並みはつやつやしていて、ひとりぼっちの野良の顔ではなかった。きっと、この近くの誰かの家の子なのだろう。
猫は、ふいに足を止めた。
そして、目の前で揺れている一本の穂を、じっと見つめた。
しばらく動かない。耳だけが、ぴくりと前を向く。次の瞬間、短い前足が、ひょいと穂に伸びた。ぽん、と触れる。穂が揺れる。猫は目を丸くして、もう一度、ぽん。
わたしは声を出さずに笑ってしまった。
やがて猫は、穂と遊ぶのに満足したのか、土手のなだらかな場所に腰をおろした。ちょうど夕日がまっすぐ当たる、いちばん温かそうな場所だった。前足を胸の下にたたみ、背中を丸くして、ふう、と小さく息をつく。その姿は、パン屋の窓辺に並ぶ焼きたてのパンみたいだった。
わたしも、少し離れた草の上に腰をおろした。
川の水面が、夕日を細かく砕いて運んでいく。遠くの橋を、電車が静かに渡っていく。その音さえも、今日は少しやわらかく聞こえた。
猫が、ゆっくりとこちらを振り向いた。
目が合った。逃げるでも、近づくでもなく、ただ「そこにいたのか」と言うような顔で、一度だけ、ゆっくりまばたきをした。
猫のゆっくりしたまばたきは、安心している印なのだと、どこかで聞いたことがある。わたしも真似をして、そっと目を閉じて、ゆっくり開けてみた。
猫は、もう一度まばたきをして、前を向いた。
それだけのやりとりだった。名前も知らない猫と、言葉もなく交わした、ほんの数秒の会話。それなのに、胸のいちばん奥のあたりが、じんわりと温かくなった。
今日の仕事のことも、うまくいかなかった打ち合わせのことも、帰ったらやらなければいけないことも、不思議と遠くへ行ってしまった。残ったのは、風の音と、草の匂いと、夕日の温度と、隣で丸くなる小さな気配だけだった。
人は、ときどき、何かを頑張って手放さなければ楽になれないと思ってしまう。けれど本当は、ただ風に揺れる草を眺めているだけで、勝手に軽くなっていくものもあるのかもしれない。
チカラシバという名前は、根がとても強くて、力自慢でも引き抜けないことからついたのだという。こんなに細くしなやかに揺れているのに、足もとでは、しっかりと大地をつかんでいる。
揺れているのに、倒れない。
わたしは、穂の波を見ながら、そんなふうに生きられたらいいなと思った。
空が茜から群青へ変わりはじめるころ、猫はすっと立ち上がった。短い足で、とことこと草の中を歩いていく。紫がかった穂の向こうに、茶色の背中が見え隠れして、やがて土手の下の家並みへと溶けていった。
最後に、しっぽの先がひとつ、ゆらりと揺れた。まるで「またね」と言うように。
わたしもゆっくり立ち上がって、ズボンについた草を払った。
帰り道、土手の風はさっきより少し冷たくなっていたけれど、不思議と寒くはなかった。背中のほうで、チカラシバの穂がまだ静かに揺れている音がした。
明日も、この道を遠回りして帰ろう。
あの猫に会えても、会えなくても。揺れる穂に会いに行くだけで、きっと十分なのだから。
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