日が落ちるのが、いつのまにか早くなった。
夕方に降りはじめた雨は、夜になってもやまなかった。強くも弱くもない、ちょうどいい降り方だった。窓の外では、屋根をたたく小さな音が、途切れずにやさしく重なっている。
私は部屋のあかりをひとつだけ残して、ソファに腰をおろした。テーブルには、湯気のたつ紅茶。膝の上には、まだ開いていない本。
「ぽつ、ぽつ、ぽつ」
雨音は、数えようとすると数えられない。それがなんだか心地よくて、私は本を開くのをやめて、耳だけを窓のほうへ預けた。
そのときだった。
床のほうから、とん、とん、と小さな足音が近づいてきた。短い脚を一生懸命に動かして、ふかふかの尻尾をゆらしながら歩いてくる。うちのマンチカンの、もなかだ。
もなかは私の足もとで立ち止まり、じっと私を見上げた。まるい目に、ランプの光がひとつずつ入っている。
「どうしたの」
声をかけると、もなかは小さく「にゃ」とだけ答えた。それから、ソファの端にたたんであった毛布のほうへ、とことこと向かっていった。
その毛布は、先週しまい込んでいた冬用を、思いきって出してきたものだった。まだ少しだけ、押し入れの匂いが残っている。
もなかは毛布の端に鼻を近づけて、くん、と匂いをたしかめた。それから、まるでそこに入口があるかのように、迷いなく頭からもぐりこんでいった。
毛布が、もこもこと動く。右へ、左へ。ちょうどいい場所を探して、くるりと回っているのがわかる。
やがて動きが止まった。
毛布のふくらみは、もなかのかたちにまあるくなって、ゆっくり上下しはじめた。
私はそっと、毛布の端をめくってみた。
もなかは、顔だけを少し出して、目を細めていた。鼻先がひくひくと動いて、すぐに力が抜けていく。あたたかさに、まぶたが負けそうになっているのがわかった。
「そこ、いい場所?」
返事のかわりに、のどの奥から、ごろごろ、という低い音がきこえてきた。
雨音と、ごろごろ。
ふたつの音が重なると、部屋のなかの空気が、少しだけやわらかくなった気がした。
外の世界は、きっと冷たくて、濡れていて、暗い。でも、この毛布のなかだけは、ちがう季節みたいにあたたかい。
私は紅茶をひと口のんで、毛布の上から、もなかの背中あたりをそっと撫でた。小さな体のぬくもりが、手のひらにじんわりと伝わってくる。
考えてみれば、ひとりで過ごす秋の夜は、少しだけ寂しいものだ。日が短くなると、心のなかにも影ができるような気がする。
けれど、雨の音を聞きながら、毛布に潜りこんだ猫の寝息をそばに感じていると、その影は不思議とやわらかくほどけていく。
何かをしなくても、いい。
誰かに会わなくても、いい。
ただ、雨の音を聞いて、あたたかいものがそばにあれば、それで足りる夜もある。
窓の外では、雨がまだ降りつづいている。街灯のあかりが、濡れたガラスに丸くにじんで、ゆらゆらと揺れていた。
もなかの寝息が、ゆっくりと深くなる。毛布のふくらみが、規則正しく上がって、下がる。
私はいつのまにか、本を開くことも忘れていた。かわりに、毛布のとなりに身を沈めて、ランプの光と雨の音のなかに、ゆっくりと溶けていった。
しずかな雨音。
あたたかい毛布。
その奥で眠る、小さな命のぬくもり。
秋の夜が、こんなにもやさしいものだったなんて。
明日の朝になれば、雨はあがっているかもしれない。でも今夜だけは、このままでいたい。
毛布のなかで、もなかが、ふにゃ、と小さく寝言をこぼした。私は思わず笑って、そっとランプのあかりを落とした。
雨音だけが、部屋にやさしく残っていた。
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