秋の午後、町外れの細い道を歩いていた。
道の両脇には、枯れ草がやわらかく倒れかかっている。金色に褪せた草の穂が風に揺れて、さらさらと乾いた音を立てていた。その足もとに、水引の花穂が見えた。針金のように細い茎の先に、赤い小さな粒がぽつぽつと並んでいる。まるで誰かが、糸の先に赤い珠を一つずつ結んでいったようだった。
足を止めてしゃがみ込むと、秋の光が花穂のあいだを通り抜けて、地面に細かな赤い影を落としていた。
「こんなところに咲いてたんやな」
思わず声が出た。夏のあいだは気づかなかった花だ。草が枯れていくこの季節になって、ようやく目に入る。派手さはないのに、ほかの色が引いていったあとだからこそ、赤がひときわ澄んで見えた。
そのとき、道の先で何かが動いた。
黒猫だった。
枯れ草の色の中で、その黒はやけにくっきりしていた。猫は私に気づいたのか気づいていないのか、急ぐでもなく止まるでもなく、のんびりと道の真ん中を歩いてくる。しっぽをすっと立てて、肉球が土をふむ音がしそうなほど静かな足どりだった。
私は動かないことにした。
黒猫は水引の脇まで来ると、ふと立ち止まった。細い赤い花穂が風に揺れて、猫の鼻先をかすめる。猫は小さく首をかしげ、じっとそれを見つめた。しばらくして、ちょん、と前足で触れようとして、やめた。何事もなかったような顔で、また歩き出す。
その背中を見送りながら、胸の奥のほうが、ゆっくりとほどけていくのを感じた。
ここ最近の私は、ずっと急いでいたと思う。予定を詰めて、返事を急いで、やることを数えて。気づけば、季節が変わったことにも、足もとに花が咲いていたことにも気づかないまま過ごしていた。
けれど黒猫は急がない。水引も、誰に見せるでもなく、ただ細い茎を揺らして赤を灯している。枯れ草は枯れ草のまま、秋の光をたっぷりと浴びて、金色に輝いていた。
誰にも褒められなくても、誰にも気づかれなくても、世界はちゃんと美しい。
そんな当たり前のことを、この道が思い出させてくれた。
黒猫は少し先の曲がり角で一度だけ振り返った。金色の目が、夕方に向かう光を受けてきらりと光る。それから草むらの向こうへ、するりと消えていった。
道には、また私ひとりが残った。
けれど、さっきまでとは少し違っていた。寂しさはなくて、胸のなかにあたたかいものが静かに残っていた。
私は立ち上がって、もう一度だけ水引を見た。赤い花穂は、何も言わずに風に揺れている。
「ありがとうな」
そう小さくつぶやいて、ゆっくりと歩き出した。枯れ草の道は、夕日の色に染まりはじめていた。
忙しい毎日のなかで、ふと足を止めたくなったら、季節の道を歩いてみてください。細い赤い花穂や、通りすぎる黒猫が、思いがけず心をなでてくれるかもしれません。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
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