2026年10月24日土曜日

癒される秋のツルボの淡紅色の花穂と草むらを歩くマンチカンという猫

癒される秋のツルボの淡紅色の花穂と草むらを歩くマンチカンという猫

 川沿いの土手に、細い道がある。

犬の散歩の人も、自転車の学生も通らない、草むらのあいだを縫うだけの道だ。その道を見つけたのは、まだ暑さの残る九月の終わりだった。

その日、私は仕事帰りに一駅ぶん歩いていた。理由は特にない。ただ、まっすぐ帰る気になれなかっただけだった。

土手の斜面に、淡い紅色が点々と揺れていた。

近づいてみると、細い茎の先に小さな花が寄り集まって、鉛筆の芯ほどの穂をつくっている。ツルボという花だと、あとで知った。派手さはない。けれど、枯れはじめた秋の草のなかで、そこだけ静かに灯りがともっているように見えた。

しゃがみこんで眺めていると、草むらがかさりと動いた。

出てきたのは、一匹の猫だった。

短い脚。ころんとした体。足の長さが、草の背丈とほとんど変わらない。マンチカンという種類だと、すぐに分かった。写真で見るより、ずっと小さく、ずっと一生懸命な歩き方をしていた。

猫は私に気づいたようだったが、逃げなかった。ちらりとこちらを見て、すぐに視線を前へ戻す。まるで「ここは私の通り道です」と言わんばかりに、淡紅色の花穂のあいだを進んでいく。

短い脚が、草を一本ずつかき分ける。

穂先が猫の背中をなでて、ふわりと揺れる。猫は気にもとめず、鼻先をひくひくさせながら歩く。ときどき立ち止まって、何かの匂いをたしかめる。バッタが跳ねると、耳だけがぴくりと動いた。

私は、息をひそめて見ていた。

仕事のこと、うまくいかなかった会議のこと、返しそびれたままのメッセージのこと。頭のなかで渋滞していたものが、猫が一歩進むたびに、少しずつほどけていく気がした。

夕方の風が土手を渡った。

ツルボの穂が、いっせいに同じ方向へ傾く。淡紅色の波が、斜面を静かに走っていく。その波の中を、小さな猫が、ゆっくり、ゆっくり進んでいた。

やがて猫は、草むらの少し開けた場所で足を止めた。

そこだけ地面が日に温められていて、枯れ草がふかふかと敷かれている。猫はくるりと一回りして、前足をそろえて座り、夕日のほうへ顔を向けた。

目を細める。

ほんの少しだけ、口もとがゆるんだように見えた。

私も、つられて同じ方向を見た。川面が金色に光っていた。対岸の街の屋根が、ひとつずつ茜に染まっていく。ずっとそこにあったはずの景色なのに、こんなにきれいだったのかと、少し驚いた。

猫は、何も急がない。

花も、何も急がない。

急いでいたのは、いつも私のほうだったのかもしれない。

日が傾ききるころ、猫は立ち上がって、ぐっと伸びをした。それから、来たときと同じ短い脚で、また花穂のあいだへ消えていった。

最後に、尻尾の先だけが、淡紅色の穂の向こうでひらりと揺れた。

私はしばらく、その場を動けなかった。

立ち上がると、膝が少し痛んだ。服には枯れ草がついていた。けれど、不思議と足取りは軽かった。

帰り道、私はいつもより少しだけ、ゆっくり歩いた。

花は、足もとにある。

季節は、気づかないうちに、静かに色を変えている。

小さな脚で、草をかき分けて進む猫のように、たまには自分の歩幅で、道の端を歩いてみるのもいい。

そんなことを思いながら、私は夕暮れの土手をあとにした。

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