2026年10月6日火曜日

癒される秋晴れの日の神社の参道と黒猫

その朝、空はどこまでも高く、雲ひとつなかった。

駅から歩いて十分ほどの場所に、小さな神社がある。有名な観光地ではない。地図アプリで拡大しないと名前も出てこないような、町の片隅の神社だ。けれど私は、秋の晴れた日になると、なぜかここへ足が向く。

鳥居をくぐると、空気が少しだけ変わる。

ひんやりとした澄んだ風が頬をなでて、遠くの車の音がすっと薄くなっていく。参道の両脇には、背の高い杉と楓が並んでいた。楓はまだ緑と黄色と赤を行ったり来たりしている途中で、その葉の隙間から落ちてくる光が、石畳の上にまだらの模様を描いている。

歩くたびに、足もとでかさりと乾いた音がした。

誰かが掃き清めた形跡はあるのに、数歩進むと、また一枚、二枚と葉が降ってくる。きっと掃いても掃いても追いつかないのだろう。それでも、そのいたちごっこが、どこか楽しそうに見えた。

ふと、参道のなかほどで足が止まった。

石灯籠の根もとに、黒い塊がある。

最初は、誰かが置き忘れた黒いクッションかと思った。けれど、その塊がゆっくりと呼吸していることに気づいて、私は思わず息をひそめた。

黒猫だった。

日だまりの中で、前足をきちんと揃えて丸くなっている。毛並みは墨を流したように深い黒で、光が当たったところだけ、うっすらと藍色の艶を帯びていた。まるで、この参道の一部になるために生まれてきたような、静かな佇まいだった。

私は少し離れた場所にしゃがんで、そっと声をかけた。

「こんにちは」

黒猫は片目だけをうっすらと開けた。金色というより、熟した柿のような、あたたかい琥珀色の瞳だった。

じっと私を見て、それから、ふあ、と小さなあくびをひとつ。

怖がる様子も、近づいてくる様子もない。ただ「ああ、あなたも来たのね」とでも言うように、また目を閉じてしまった。

その無関心さが、なんだかとても嬉しかった。

誰かに気を遣われることも、何かを求められることもない。ここでは、私はただの通りすがりの人間でいていい。

しばらくその場にしゃがんだまま、私は日だまりを眺めていた。

風が吹くたびに、楓の葉が一枚、また一枚と舞い降りてくる。そのうちの一枚が、黒猫の背中にふわりと乗った。猫は気づいているのかいないのか、耳をぴくりと動かしただけで、動こうとしない。

黒い毛並みの上に、ひとひらの赤。

その光景があまりにもきれいで、私はスマホを取り出しかけて、やめた。

写真に撮ってしまうのは、もったいない気がした。この静けさは、画面の中に閉じ込めるより、目で見て、胸にしまっておくほうが似合っている。

奥のほうから、かすかに鈴の音が聞こえた。

参拝に来た誰かが、本殿の鈴を鳴らしたのだろう。からん、からん、と澄んだ音が、秋の空気の中を遠くまで響いていく。その音に混じって、どこかで鳥が鳴いていた。

私はゆっくり立ち上がって、黒猫に小さく会釈をした。

「おじゃまします」

猫は答えない。けれど、尻尾の先だけが、ゆらりとひとつ揺れた気がした。

参道をさらに奥へと進む。

石段をのぼると、本殿の前に出た。賽銭箱に小銭を入れて、二礼二拍手一礼。お願いごとは、とくに思い浮かばなかった。

ただ、「今日もここに来られてよかったです」とだけ、心の中で伝えた。

顔を上げると、境内を渡る風が、さっきよりもやさしくなっていた。

帰り道、同じ参道を戻る。

石灯籠の根もとを見ると、黒猫の姿はもうなかった。日だまりの跡だけが、ぽつんと残っている。そこにはまだ、ほんのりとあたたかさが残っているような気がして、私は少しだけ笑った。

きっと猫は、また別の日だまりを探しに行ったのだろう。

鳥居をくぐって外に出ると、現実の音が戻ってきた。車の走る音、遠くの踏切の音、誰かの話し声。

けれど不思議と、さっきまでのような疲れは感じなかった。

胸のなかに、小さな日だまりがひとつ、灯っている。

秋晴れの空の下、黒猫が眠る参道の静けさは、きっと明日もそこにある。そう思うだけで、少しだけ歩き出す足が軽くなった。

そんな、ある秋の一日だった。

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