堤防の先の、コンクリートがいちばん広くなっているところが、二匹の定位置だった。
夕方の五時を少し過ぎたころ、海はまだ昼の青さを少しだけ残していた。けれど水平線のほうから、空は静かに色を変えはじめている。白い雲の縁が金色にほどけ、その下で、丸い夕日がゆっくりと海へ近づいていた。
海面には、夕日から手前に向かって、一本の光の道ができている。波が寄せるたびに、その道は細かく砕けて、またつながる。砕けては、つながる。その繰り返しが、まるで海がやさしく呼吸をしているみたいだった。
先に来ていたのは、白い毛に茶色のぶちを散らした、小さいほうの猫だった。背筋をまっすぐにのばして座り、耳だけをときどき風のほうへ向けている。
しばらくして、堤防の階段をのぼる足音がした。足音といっても、ほとんど音はしない。灰色の縞模様の、大きいほうの猫が、ゆっくりとした歩幅でやってくる。
大きいほうは、小さいほうの隣で立ち止まった。何も言わない。挨拶もしない。ただ、ほんの少しだけ間をあけて、同じ方向を向いて座った。
そのほんの少しの間が、二匹にとってのちょうどいい距離なのだと思う。近すぎず、遠すぎず。肩が触れそうで、触れない。それでも、お互いの体温が、夕方の冷えはじめた空気のなかでかすかに伝わっているのが、後ろから見ていてもわかった。
風が吹いた。潮の匂いが、堤防の上をすっと通りぬけていく。
小さいほうが、しっぽを足もとにくるりと巻きつけた。大きいほうは、まぶたを半分だけ閉じて、眩しそうに夕日を見ている。
海の光は、ますます金色に濃くなっていった。
波のひとつひとつが小さな鏡になって、夕日のかけらを順番に受けとめては、次の波へ手渡していく。きらめきは、遠くの水平線から足もとの堤防まで、途切れることなく運ばれてくる。海の上では、毎日そんな静かなリレーが行われているのに、私たちは忙しさにかまけて、ほとんど気づかないまま一日を終えてしまう。
二匹は、気づいているのだろうか。
きっと気づいているのだと思う。だから毎日、ここに来る。急ぎもせず、競いもせず、ただ座って、光が運ばれてくるのを待っている。
やがて夕日は、水平線にそっと触れた。
その瞬間、海面の光の道が、ひときわ強くきらめいた。金色が、橙色に、そして薄い茜色へと、溶けるように変わっていく。空の高いところには、うっすらと桃色の雲が浮かんでいた。
小さいほうの猫が、ふっと首をかしげて、隣を見上げた。
大きいほうは、それに気づいて、ゆっくりと瞬きをひとつ返した。
それだけだった。
言葉のかわりに、猫は瞬きで気持ちを伝えるという。まぶたをゆっくり閉じて、ゆっくり開く。「あなたといて安心している」という合図なのだそうだ。二匹のあいだで交わされたその小さな合図は、夕日のきらめきよりも、ずっとやわらかく、あたたかく見えた。
日が沈みきるまでの時間は、思っているよりも短い。
半分になり、四分の一になり、最後のひとかけらが海の向こうに消えていく。波音だけが、変わらないリズムで堤防の下から聞こえていた。
空の色が群青に傾きはじめたころ、大きいほうの猫が、先に立ちあがった。背中をぐうっとのばして、あくびをひとつ。そして小さいほうを見て、何かを待つように、少しだけ振り返る。
小さいほうも、のそのそと立ちあがった。
二匹は並んで、堤防の階段をおりていく。ぶちの背中と縞模様の背中が、薄闇のなかで寄りそうように揺れて、やがて見えなくなった。
誰もいなくなった堤防には、さっきまで二匹が座っていたあたりに、夕日の名残りの色がほんのりと残っていた。
明日もきっと、海はきらめいて、あの場所には二匹が座っている。
そう思うだけで、一日の終わりの気持ちが、すこし軽くなる。
私たちにも、そんな「並んで座る時間」があればいい。何かを話さなくてもいい。何かを成し遂げなくてもいい。ただ同じ景色を見て、同じ風に吹かれて、ひとつの光を一緒に眺めていられる誰かがいたら、それだけで、その日は十分にいい日だったと言える気がする。
海面に揺れる夕日のきらめきは、今日もやさしく、誰かの帰り道を照らしている。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます
PR
コータのAmazonページへ
コータのAIイラスト、Xページへ
コータのユーチューブページへ
よろしければ、
のぞいてみてください

0 件のコメント:
コメントを投稿