2026年2月22日日曜日

デジタル時代に紙の本を持つ意味

デジタル時代に、紙の本を持つ意味はあるのだろうか。

スマートフォンひとつで、
何千冊もの本が読める時代。
検索すればすぐに答えが出る。
文字は光の中にあり、
重さも、匂いもない。

それでも本屋に入ると、
なぜか少し安心する。
並んだ背表紙を眺めるだけで、
時間がゆっくりになる。

紙の本は、場所を取る。
重いし、かさばるし、
引っ越しのときには少し恨めしくもなる。

けれど、そこには「物」としての存在感がある。
読んだ証として、部屋に残る。
日焼けした表紙や、折れた角。
それはそのときの自分の痕跡でもある。

たとえば『ノルウェイの森』を手に取ったとき、
ページの手触りや重みが、
物語といっしょに記憶に刻まれる。
電子の画面では得られない、
感覚の層がそこにある。

紙の本は不便だ。
でも、その不便さが、
読書という行為を少しだけ特別にしている。

通知は来ない。
広告も出ない。
ただページと向き合う時間。

デジタルが速さなら、
紙は深さなのかもしれない。

デジタル時代に紙の本を持つ意味。

それは効率ではなく、
自分の時間を自分の手に取り戻すこと。

静かな重みを、
あえて抱えるという選択なのかもしれない。

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