デジタル時代に、紙の本を持つ意味はあるのだろうか。
スマートフォンひとつで、
何千冊もの本が読める時代。
検索すればすぐに答えが出る。
文字は光の中にあり、
重さも、匂いもない。
それでも本屋に入ると、
なぜか少し安心する。
並んだ背表紙を眺めるだけで、
時間がゆっくりになる。
紙の本は、場所を取る。
重いし、かさばるし、
引っ越しのときには少し恨めしくもなる。
けれど、そこには「物」としての存在感がある。
読んだ証として、部屋に残る。
日焼けした表紙や、折れた角。
それはそのときの自分の痕跡でもある。
たとえば『ノルウェイの森』を手に取ったとき、
ページの手触りや重みが、
物語といっしょに記憶に刻まれる。
電子の画面では得られない、
感覚の層がそこにある。
紙の本は不便だ。
でも、その不便さが、
読書という行為を少しだけ特別にしている。
通知は来ない。
広告も出ない。
ただページと向き合う時間。
デジタルが速さなら、
紙は深さなのかもしれない。
デジタル時代に紙の本を持つ意味。
それは効率ではなく、
自分の時間を自分の手に取り戻すこと。
静かな重みを、
あえて抱えるという選択なのかもしれない。
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