ぼくはカマキリ。名前はまだない。
今日もいつもの本棚の森を歩く。
古い背表紙の谷を越え、紙の葉っぱを踏みしめて進む。
ページの森は広くて、文字の草が風に揺れている。
あるページで、文字の群れがざわめいた。
どうやら、この章は勇者の物語らしい。
ぼくはそっと前脚を伸ばし、冒険者たちの足跡を辿る。
小さな体で、彼らの世界の隙間をぬって進む。
ページの谷を飛び越え、しおりの橋を渡る。
時々、ページの波に揺られて転びそうになるけど、
文字の風が背中を押してくれる。
文字たちはぼくをじっと見守っている気がする。
そして、章の終わりに辿り着くと、
そこには静かな空白の湖が広がっていた。
ぼくは前脚で水面を撫でると、
文字の世界の反射が揺れ、物語の光が波に踊る。
ここでは時間が止まり、ぼくだけの王国が広がっていた。
やがて、外の世界の風がページを揺らす。
ぼくは湖の水面に映る自分を見て、そっとつぶやいた。
「また明日も、物語を歩こう」
カサカサと葉っぱの音が、
ぼくの冒険を祝福しているみたいだった。
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