夏の終わりの草むらで、キリギリスが鳴いていた。
乾いた風が、背の低い草を波のように揺らす。
その奥で、細い羽をこすり合わせる小さな音が、夕暮れに溶けていく。
昼の主役はセミだった。
空を震わせるような声で、世界を満たしていた。
けれど太陽が傾くころ、舞台はそっと引き継がれる。
キリギリスの声は、高く、静かで、どこか慎ましい。
耳を澄まさなければ、すぐに夜に紛れてしまう。
それでも、鳴く。
派手さはない。
誰かに賞賛されるわけでもない。
ただ、自分の時間がここにあると、細い音で示す。
草むらのそばを通る少年は、立ち止まった。
今日のテストの点数。
友だちの何気ない一言。
胸の奥に引っかかった小さな棘。
キリギリスは、変わらず鳴いている。
大きな世界の隅で、消えそうで消えない音を刻み続ける。
「目立たなくてもいいのかもしれない」
少年は、ふと思う。
セミのように叫べなくても、
風のように速くなくても、
この小さな震えは、確かに夜を支えている。
やがて空は群青に染まり、星がひとつ瞬く。
キリギリスの声は、夜の輪郭をなぞるように続いていく。
草の影の中で、小さな体はひっそりと息づいている。
派手ではないけれど、確かな存在。
少年はゆっくり歩き出す。
胸の棘は、少しだけ丸くなっていた。
キリギリスは鳴き続ける。
目立たない音で、
世界をそっと、やさしく、支えながら。
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