2026年5月28日木曜日
黒猫とテレビ
夜になると、部屋の中は少しだけ静かになりました。
窓の外では、遠くの車の音が小さく流れていて、
机の上の明かりだけが、ぽつんと部屋を照らしていました。
その部屋の真ん中に、黒猫が一匹いました。
黒猫は、いつものようにソファの端に丸くなっていましたが、
その日は少しだけ顔を上げていました。
目の前にあるテレビから、いろいろな光がこぼれていたからです。
青い光。
白い光。
ときどき、夕焼けみたいなオレンジ色の光。
画面の中では、知らない町が映っていました。
誰かが歩いていて、誰かが笑っていて、雨が降ったり、空が晴れたりしていました。
黒猫には、その意味はわかりません。
けれど、画面の中で動く光を見ていると、少しだけ不思議な気持ちになりました。
まるで、小さな窓の向こうに、別の世界があるみたいでした。
黒猫は、しっぽをゆっくり動かしました。
テレビの中の人が笑うと、黒猫は少し耳を動かしました。
テレビの中で風が吹くと、黒猫は窓の方を見ました。
本当に風が吹いたのか、画面の中だけのことなのか、少し迷ったのかもしれません。
やがて、画面は静かな夜の景色に変わりました。
暗い海。
遠くの灯台。
波の音のようなものが、部屋の中に小さく流れました。
黒猫は、テレビの前まで歩いていきました。
そして、画面の中の海をじっと見つめました。
そこには行けないと、黒猫はきっと知っていました。
でも、見ているだけなら、どこへでも行けるような気がしました。
ソファの上に戻った黒猫は、丸くなって目を細めました。
テレビの光が、黒い毛並みにやさしく映っていました。
まるで夜空に、小さな星の光が落ちたみたいでした。
テレビの中の世界は、まだ続いています。
けれど黒猫は、もう半分夢の中でした。
夢の中で、黒猫はテレビの向こう側を歩いていました。
光る町を抜けて、雨の道を越えて、静かな海のそばまで行きました。
そして、遠くで光る灯台を見上げました。
朝になれば、テレビはただの黒い画面に戻ります。
でも黒猫は、知っているのです。
夜になるとまた、あの小さな窓が開くことを。
そこには、知らない世界が映っていて。
そこには、行けない場所の光があって。
ただ静かに眺めているだけで、少しだけ旅をした気持ちになれるのです。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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