2026年9月20日日曜日

癒される秋夜の星空と冷たい空気とメインクーン

癒される秋夜の星空と冷たい空気とメインクーン

夜の十時を過ぎると、街はすっかり静かになる。

私は薄手のカーディガンを羽織って、ベランダに続く窓をそっと開けた。とたんに、ひんやりとした空気が部屋の中に滑り込んでくる。昼間はまだ半袖でも過ごせるくらいだったのに、日が沈んでからの空気は、もう完全に秋のそれだった。肌にふれる冷たさが、どこか懐かしく、そして心地よい。

「にゃあ」

足元で声がした。見下ろすと、我が家のメインクーンが、大きな体をゆっくりと伸ばしながら私を見上げていた。夏の間はクーラーの効いた部屋の隅で丸くなっていることが多かった彼だが、この冷たい空気の気配を感じ取ったのか、今夜は妙に機嫌がよさそうだった。

「一緒に見る?」

そう声をかけると、まるで言葉がわかったかのように、彼はするりとベランダへ出ていった。フサフサとした尻尾が、暗がりの中でゆらゆらと揺れている。

ベランダに置いた小さな椅子に腰かけて、私は空を見上げた。

秋の夜空は、夏よりもずっと澄んでいる。湿気が抜けた分だけ、星がくっきりと近くに見える気がした。オリオン座がゆっくりと東の空から顔を出し始めている。都会の空でも、これだけの星が見えるのかと、毎年この季節になるたびに驚かされる。

メインクーンは私の膝の上に飛び乗ると、大きな体をどっしりと預けてきた。彼の毛は驚くほど分厚く、まるで小さな毛布を抱いているようだった。冷たい風が吹くたびに、その毛がふわりと揺れて、私の手をくすぐる。

「あったかいね、君は」

そう呟くと、彼はゴロゴロと喉を鳴らし始めた。その振動が膝から伝わってきて、なんだか自分まで温かくなっていくような気がした。

しばらく無言のまま、星空を眺めていた。流れ星でも見えないかと目を凝らしてみたけれど、今夜はそれらしきものは現れなかった。それでも構わなかった。ただ、この澄んだ空気と、膝の上の重みと、遠くから聞こえる虫の声に耳を傾けているだけで、じゅうぶんだった。

昼間の忙しさや、頭の中でぐるぐると回っていた考え事が、少しずつ薄れていく。冷たい空気を吸い込むたびに、体の中がすっきりと洗われていくような感覚があった。

ふと、メインクーンが顔を上げて、じっと空を見つめているのに気づいた。猫に星が見えているのかどうかは分からない。けれど、その横顔はどこか物思いにふけっているようにも見えて、思わず笑ってしまった。

「君も、こういう夜が好きなんだね」

答えの代わりに、彼はまた喉を鳴らした。

しばらくして、体が冷えてきたのを感じ、そろそろ中に入ろうかと腰を上げた。すると、メインクーンは名残惜しそうに一度だけ星空を振り返り、それから私の後についてゆっくりと部屋の中へと戻っていった。

暖かい部屋に入った瞬間、ほっとため息が漏れる。けれど、さっきまでの冷たい空気と星々の輝きは、しばらく体のどこかに残り続けているような気がした。

秋の夜は、こうして静かに、そして確かに深まっていく。

窓の外では、まだあの星たちが瞬いているのだろう。膝の上でまるくなったメインクーンの温もりを感じながら、私はまた明日も、この季節の夜を楽しみに待つのだった。


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癒される秋夜の静かな読書時間とマンチカンという猫

癒される秋夜の静かな読書時間とマンチカンという猫

窓の外では、虫の声が静かに響いていた。夜が更けるにつれて涼しさが増し、部屋の空気はどこか澄んで感じられる。私は読みかけの本を手に取り、いつものソファに腰を下ろした。傍らには、丸くなって眠るマンチカンの姿がある。

短い脚を折りたたみ、丸いシルエットで眠るその猫は、名前を「ハル」といった。抱き上げると、いつも少し不満そうに鳴くのに、眠っているときだけは驚くほど無防備な顔を見せる。私はそっとページをめくり、物語の続きに目を落とした。

秋の夜は、なぜだか読書がよく似合う。夏の熱気が抜け、冬の寒さもまだ遠い。ちょうどいい涼しさが、心を落ち着かせてくれるからだろうか。テーブルの上には湯気を立てるお茶。その香りが、静かな時間にひと匙の温もりを添えていた。

ページをめくる音、ハルの寝息、そして時折聞こえる虫の声。それだけの夜だった。けれど、そのシンプルさが、どこか贅沢に思えた。

しばらくすると、ハルがゆっくりと目を開けた。丸い瞳が私を見上げ、短い前脚を伸ばして大きなあくびをする。そして、まるで本の続きが気になるとでも言うように、私の膝の上に移動してきた。重みが増した分だけ、部屋の温度が少し上がったような気がした。

「お前も読書に付き合ってくれるのか」

そう声をかけても、ハルはもちろん答えない。ただ、目を細めて満足そうに喉を鳴らすだけだった。その振動が膝から伝わってきて、文字を追う手が思わず止まる。物語の世界と、目の前の温かな現実。どちらも手放しがたく、私はしばらく本を閉じたまま、ハルの背を撫でていた。

窓の外では、雲の切れ間から丸い月が顔を出していた。秋の月は、どこか夏のそれよりも澄んで見える。ハルもふと顔を上げ、窓の方角をじっと見つめた。何を思っているのかは分からないが、その横顔は静けさそのものだった。

再びページを開くと、物語はちょうど登場人物たちが夜を過ごす場面に差し掛かっていた。まるで自分の今この瞬間と重なるようで、思わず口元が緩む。フィクションと現実が溶け合うような、そんな不思議な感覚を覚えた。

時計の針は静かに進み、気づけば読書は深夜近くまで続いていた。ハルは相変わらず膝の上で丸まり、時折耳だけをぴくりと動かしながら眠っている。私はしおりを挟み、そっと本を閉じた。

「今日はここまでにしようか」

小さくつぶやくと、ハルが薄目を開けてこちらを見た。まるで「もう終わり?」とでも言いたげな表情に、思わず笑ってしまう。灯りを落とし、静かな部屋にもう一度目を向けると、そこには変わらぬ穏やかな空気が満ちていた。

秋の夜、静かな読書の時間、そして傍らに寄り添うマンチカンの温もり。それは特別な出来事ではないけれど、日々の暮らしの中で、確かに心を癒してくれる時間だった。明日もまた、同じ静けさがここに待っているだろう。そう思うと、なんだか少しだけ、眠るのが惜しくなった。


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夏の終わりの波打ち際の夕焼けと黒猫

夏の終わりの波打ち際の夕焼けと黒猫

浜辺に着いたとき、太陽はすでに海の向こうへ傾きかけていた。潮風はまだ夏の名残を含んでいたけれど、その中にどこか涼やかな秋の気配が混ざっているのを感じた。

砂浜には人影がほとんどなく、波の音だけが静かに響いていた。私は靴を脱ぎ、素足で波打ち際を歩き始めた。冷たい海水が足首をくすぐるたびに、一日の疲れがゆっくりと溶けていくような気がした。

しばらく歩いていると、波打ち際の少し先に黒い影があることに気づいた。よく見ると、それは一匹の黒猫だった。波が引くたびに現れる濡れた砂の上に、静かに座り込んでいる。夕焼けの光を浴びて、その黒い毛並みがオレンジ色に縁取られていた。

猫は私が近づいても、逃げようとはしなかった。ただ、まっすぐに海の方を見つめていた。まるで、沈んでいく夕日を見送ることが、この猫にとって毎日の大切な仕事のようにも見えた。

私はその隣に、少し距離を置いて座った。波が静かに寄せては返し、足元の砂を優しく洗っていく。空は少しずつ色を変え、橙色から深い紅へ、そしてその奥にはうっすらと紫の帯が広がっていた。

「今日も、暑かったね」

そう声をかけると、黒猫はちらりと私を見て、また海の方に視線を戻した。返事はなかったけれど、それでいいと思った。言葉のない時間の方が、時にはずっと心に馴染む。

波の音、風の匂い、そして隣にいる小さな生き物の気配。それだけで、胸の中にたまっていた小さなざわめきが少しずつ静まっていくのがわかった。

太陽が水平線に触れる瞬間、光の帯が海面いっぱいに広がった。黒猫はそのとき、ふっと目を細めた。まるで、眩しさよりも、その美しさに見入っているかのように。

「夏が、終わるね」

呟くように言った言葉に、猫は小さく尾を一度だけ振った。それが返事だったのかもしれない。

夕日はやがて海の底に沈み、空はゆっくりと藍色に染まっていった。最初の一つ星が、静かにその青の中に灯る。

黒猫は不意に立ち上がり、私の方をちらりと見てから、波打ち際を離れて砂浜の奥へと歩き出した。まるで「今日はここまで」と告げるように。

その後ろ姿を見送りながら、私は思った。夏が終わるということは、何かが失われることではなく、次の季節へとゆっくり移っていく、静かな合図なのかもしれない。

波は今日も、変わらずに寄せては返している。そして、この浜辺にはまた、明日も同じ黒猫が、同じ夕焼けを見つめに来るのだろう。


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癒される秋のツリガネニンジンの群生地とメインクーン

癒される秋のツリガネニンジンの群生地とメインクーン

山あいの小さな峠道を抜けると、そこには薄紫色の小さな鐘のような花が、斜面いっぱいに揺れていた。ツリガネニンジンだ。秋風が吹くたびに、無数の花が控えめに音を立てずに揺れ、まるで誰かが静かに鈴を鳴らしているかのような景色が広がっている。

その群生地の端で、一匹の大きなメインクーンが座っていた。ふさふさとした尻尾を体に巻きつけ、金色の瞳を細めながら、揺れる花々をじっと見つめている。豊かな体毛が秋の陽射しを受けて、少し赤みがかった茶色に輝いていた。

「今日は風が気持ちいいね」

そう声をかけると、メインクーンはゆっくりとこちらを振り向き、小さく「ニャア」と鳴いた。まるで返事をするかのように。それから再び花畑へと視線を戻し、前足をそっと伸ばして、近くで揺れる一輪のツリガネニンジンに触れようとした。花はしなやかに揺れ、猫の大きな体には決して屈することなく、また元の位置へと戻っていく。その様子がなんともユーモラスで、思わず笑みがこぼれた。

遠くの山々はうっすらと色づき始め、空には秋特有の高く澄んだ青が広がっていた。トンボが数匹、花の上を低く飛び交い、メインクーンはその動きを目で追いながらも、追いかけることはせず、ただゆったりと寝そべる姿勢に変えた。急ぐ必要などどこにもない。ここには、時間そのものがゆっくりと流れているような、そんな穏やかさがあった。

しばらくすると、メインクーンは大きなあくびをひとつして、花畑の中にすとんと体を沈めた。薄紫の花に囲まれながら眠るその姿は、まるで一枚の絵画のようで、しばらくその場を離れることができなかった。

風が吹くたびに、ツリガネニンジンの花たちは静かに揺れ、メインクーンの毛並みもふわりと波打つ。二つの異なる時間が、同じ場所で重なり合っているようだった。

日が傾き始めた頃、メインクーンはゆっくりと体を起こし、大きく伸びをした。そして、まるで「そろそろ帰ろうか」とでも言うように、こちらに視線を向ける。名残惜しさを感じながらも、その視線に応えるように立ち上がり、二人分ならぬ一人と一匹分の足跡を残しながら、群生地を後にした。

振り返ると、薄紫の花々は変わらず静かに揺れ続けていた。まるで、また会いに来てほしいと言うように。


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癒される秋のツルニンジンの絡む垣根とマンチカン

癒される秋のツルニンジンの絡む垣根とマンチカン

古い木の垣根に、ツルニンジンの蔓が静かに絡みついている。淡い紫色の鐘形の花が、秋の柔らかな光を受けてゆらゆらと揺れていた。垣根の向こうには小さな畑が広がり、刈り取られた稲の匂いがどこからか漂ってくる。

その垣根の下で、一匹のマンチカンが香箱座りをしていた。短い脚を体の下に折りたたみ、丸くなったその姿は、まるで垣根に生えたきのこのようにも見える。名前はまだない。近所の人々からは、いつからかこの家の庭先に現れる「垣根の猫」として親しまれていた。

風が吹くたびに、ツルニンジンの葉がさらさらと音を立てる。マンチカンは耳だけをぴくりと動かし、その音に耳を傾けていた。花の匂いを嗅ごうと鼻を近づけてみるが、少し独特な香りに、ふんと小さくくしゃみをする。それがおかしくて、垣根の向こうを通りかかった老婦人が思わず笑みをこぼした。

「今日もそこにいたのね」

老婦人はそう声をかけながら、腰をかがめてマンチカンの頭を撫でた。マンチカンは目を細め、老婦人の手のひらに額をすり寄せる。ツルニンジンの蔓が二人の間で静かに揺れ、鐘形の花がちりんと鳴るような、そんな錯覚を覚えるほど穏やかな時間だった。

秋の日差しは低く、垣根の影が長く伸びている。マンチカンはふと立ち上がると、短い脚でとことこと歩き出し、垣根に沿って続く小道をゆっくりと進んでいった。蔓に絡まった花の一つが、風に揺られて彼の背中をかすめる。振り返ることもなく、マンチカンはただ前を見つめて歩いていく。

その後ろ姿を、老婦人はしばらく見送っていた。垣根に咲くツルニンジンの花と、丸い背中の小さな影。秋の澄んだ空気の中で、それはどこか絵本の一場面のような、静かで優しい光景だった。

やがてマンチカンの姿は垣根の角を曲がり、見えなくなった。それでも老婦人はしばらくその場に立ち止まり、揺れる花を眺めていた。今日という一日が、そうやって静かに過ぎていくことを、なんだかとても幸せなことのように感じながら。


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癒される夏の終わりの朝顔の蔓と猫

癒される夏の終わりの朝顔の蔓と猫

朝顔の蔓は、夏の終わりが近づいても、まだ律儀に伸び続けていた。

網戸の隅に絡みついた蔓の先端が、今朝もひとつ、控えめな青い花を咲かせている。もう最盛期は過ぎた。花の数は少なくなり、葉にも少しずつ黄色が混じり始めていたけれど、それでも蔓は諦めずに、少しずつ、少しずつ、庭の柵の方へと手を伸ばしていた。

その様子を、ずっと見つめている猫がいる。

短い脚のマンチカンだ。名前はまだない。この家に迷い込んできてから、まだ数日しか経っていないから、みんな「猫」としか呼んでいなかった。

朝顔の蔓が揺れるたびに、猫の耳がぴくりと動く。風が吹くと、蔓についた葉がさわさわと音を立てて、猫はその音を追うように顔を上げた。低い視線の位置から見上げる朝顔は、いつもより大きく、いつもより眩しく見えているのかもしれない。

「まだ伸びるんだね」

縁側に座っていた老人が、独り言のようにつぶやいた。毎年この時期になると、朝顔の勢いが弱まっていくのを見て、少し寂しい気持ちになる。けれど今年は、この小さな来訪者のおかげで、その寂しさが少しだけ薄まっているような気がした。

猫は蔓に近づいていく。短い脚で、よちよちと、けれど迷いのない足取りで。鼻先を伸ばして、青い花にそっと触れようとする。花はふわりと揺れて、猫は驚いたように一歩下がった。それからまた、恐る恐る近づいていく。

その繰り返しを、老人は飽きることなく眺めていた。

朝顔の蔓は、支柱の一番上まで届くと、行き場をなくしたようにくるくると自分自身に巻きついていた。まるで、夏の終わりをどう迎えればいいのか分からずに、その場でとどまっているようだった。マンチカンはそんな蔓の下に丸くなり、日向ぼっこを始める。短い脚を体の下にしまい込んで、まんまるになった姿は、まるで朝顔の鉢の隣にもうひとつ、丸い植木鉢が置かれたようだった。

風鈴の音が、遠くの家から聞こえてくる。夏はまだ完全には終わっていない。けれど、蝉の声は心なしか弱くなり、代わりに夕方には涼しい風が吹くようになった。季節の変わり目というのは、こんなふうに、静かに、誰にも気づかれないうちに進んでいくものなのかもしれない。

猫が目を細めて眠りにつく頃、朝顔の花はゆっくりとしぼみ始めていた。夕方まで持たずに閉じてしまうのが、夏の終わりの朝顔の特徴だ。それでも蔓は、明日への準備を怠らない。新しいつぼみが、葉の陰にいくつも隠れているのが見える。

老人は立ち上がり、じょうろに水を汲みに行った。マンチカンはその足音で薄目を開け、また眠りに戻る。

夏の終わりの朝顔と、名前のない猫。

どちらも、終わりゆく季節の中で、静かに、自分のペースで生きている。それだけのことが、こんなにも心を穏やかにしてくれるのだと、老人は今更ながらに気づいたのだった。

蔓はまた、明日も少しだけ伸びるだろう。猫は今日も、その傍らで丸くなるだろう。

そうやって、夏は静かに終わっていく。


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癒される秋のエノコログサが揺れる土手と黒猫

癒される秋のエノコログサが揺れる土手と黒猫

土手を渡る秋風に、エノコログサの穂先がいっせいに揺れていた。

夕暮れが近づくその時間、川沿いの土手道には、金色に染まった草の波がどこまでも続いている。猫じゃらしと呼ばれるその穂は、誰かが撫でているかのように、右へ左へとしなやかに揺れ続けていた。

その草の合間から、黒い影がひょいと顔を出した。

黒猫だった。

艶やかな毛並みに夕日の橙色を纏いながら、彼はエノコログサの茂みをかき分けるようにして、ゆっくりと土手の斜面を歩いていく。時折立ち止まっては、風に揺れる穂先にじゃれつくように前足を伸ばす。まるで、この時間だけのための遊びを見つけたかのようだった。

土手の下には、緩やかに流れる川がある。水面は夕陽を受けて、細かく波打つたびにきらきらと光を弾いていた。黒猫はその光をしばらく見つめると、また向きを変え、草の中へと戻っていく。

風が吹くたびに、エノコログサの穂がさわさわと音を立てる。それはまるで、誰かが小さく笑っているような、優しい響きだった。黒猫はその音に耳を澄ませるように、じっと座り込んだ。尻尾だけが、ゆらゆらと草のリズムに合わせて揺れている。

空はだんだんと茜色から紫がかった色へと変わっていく。遠くの空には一番星が瞬き始めていた。土手の上には他に人影もなく、聞こえるのは風の音と、時折混じる虫の声だけ。

黒猫は満足したように大きく伸びをすると、草の中に体を沈めた。エノコログサがふわりと彼を包み込むように揺れ、その姿を優しく隠していく。

秋の夕暮れ、揺れる猫じゃらしの土手に佇む黒猫の姿は、まるで一枚の絵画のように、静かで、どこまでも穏やかだった。

このまま、しばらくこの時間が続けばいい。そう思わせるほどの、心地よい静けさがそこにはあった。


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2026年9月19日土曜日

癒される秋の夜の温かい飲み物と毛布とメインクーン

癒される秋の夜の温かい飲み物と毛布とメインクーン

夜の九時を過ぎた頃、窓の外では虫の声がすっかり秋のものに変わっていた。夏の名残を感じさせた蝉の声はいつの間にか消え、今はコオロギの澄んだ音だけが、静かな部屋の中まで届いてくる。

私はキッチンでマグカップに湯気の立つホットミルクを注いだ。カップの中でゆっくりと揺れる白い湯気を眺めながら、リビングへ戻る。ソファの上には、すでに毛布を敷いて丸くなっている大きな影があった。

「レオ、また先に陣取ってる」

そう声をかけると、メインクーンのレオはゆっくりと片目だけを開けて私を見た。ふさふさとした尻尾の先が、返事をするようにゆらりと動く。彼はこの毛布がすっかり気に入っていて、秋が深まるにつれて、夜になるとまっさきにここへやってくるようになった。

私はマグカップをテーブルに置き、毛布の隙間に体を滑り込ませる。とたんに、レオの温かい体温がこちらに伝わってきた。大きな体を持つメインクーンだからこそ、まるで湯たんぽのような心地よさがある。彼は少し身じろぎしただけで、私の膝の上にゆったりと頭を預けてきた。

窓の外では、少し欠けた月が雲の切れ間から顔をのぞかせている。部屋の照明を少し落とすと、月明かりと小さなランプの光だけが、毛布の毛羽立ちをやわらかく照らした。

ホットミルクを一口飲むと、じんわりとした温かさが喉から胸の奥まで広がっていく。同時に、レオの喉からもゴロゴロという低い音が聞こえてきた。まるで、私の温かさに応えるかのような音だった。

「今日も一日、お疲れさま」

誰に言うでもなくつぶやくと、レオが薄っすらと目を開けて、また閉じた。彼にとっては、そんな言葉の意味よりも、今この瞬間の毛布の暖かさと、隣にいる人間の存在の方がずっと大事なのかもしれない。

秋の夜は、日に日に冷え込みが増してくる。玄関を出れば冷たい風が頬をかすめ、コートの前をかき合わせる季節がもうすぐそこまで来ている。それでも、この部屋の中だけは、まるで別世界のように穏やかな時間が流れていた。

マグカップの中身が半分ほどになった頃、レオはようやく完全に目を閉じ、規則正しい寝息を立て始めた。長い尻尾が私の腕にそっと絡みつくように置かれている。その重みと温もりに、私はしばらく身動きが取れなくなった。

こうしてただ座っているだけなのに、なぜこんなにも満たされた気持ちになるのだろう。忙しい毎日の中で忘れかけていた「何もしない時間」の贅沢さを、この子はいつも思い出させてくれる。

窓の外の虫の声が、少しずつ遠くなっていくように感じられた。眠気が私にも忍び寄ってくる。マグカップの残りをゆっくりと飲み干し、毛布をレオと一緒にもう少し引き寄せた。

秋の夜は長い。だからこそ、こうして温かい飲み物と毛布と、そばで眠る大きな猫がいてくれることが、何より幸せなことなのだと、しみじみと感じた夜だった。


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癒される秋のシオンが咲く庭とマンチカン

癒される秋のシオンが咲く庭とマンチカン

 庭の隅で、紫苑の花が淡い紫色の花房を揺らしていた。背丈ほどに伸びた茎の先に、無数の小さな花が集まって咲き誇り、秋の澄んだ光を受けてほのかに輝いている。

 その根元に、一匹のマンチカンがちょこんと座っていた。短い脚を折りたたみ、丸い瞳で花を見上げている。風が吹くたびに紫苑の花がさわさわと揺れ、花びらの影が猫の背中に落ちては消えていった。

「にゃあ」

 小さく鳴いて、猫は前足をそっと伸ばした。花に触れるでもなく、ただ空を切るように動かして、また元の位置に戻す。まるで、揺れる花と遊んでいるようだった。

 庭の奥では、金木犀の香りがまだ微かに漂っている。紫苑の紫と、色づき始めた庭木の緑、そして猫の丸い輪郭。それらが重なり合って、絵のような静けさをつくり出していた。

 しばらくすると、猫は花の陰に体を滑り込ませ、丸くなって目を閉じた。紫苑の茎が風に揺れ、その影が規則正しく猫の毛並みを撫でていく。遠くで鳥の声がして、庭全体が秋の午後の中に溶けていくようだった。

 誰に見られるでもなく、ただそこにあるだけの時間。紫苑の花とマンチカンという猫が寄り添う庭は、季節の移ろいをそのまま閉じ込めたような、静かで優しい風景だった。


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癒される秋の草もみじの野原と野良猫たち

癒される秋の草もみじの野原と野良猫たち

町はずれの坂道を上りきると、そこには一面の草もみじが広がっていた。イタドリやヌルデが赤や橙に色づき、風が吹くたびにさらさらと乾いた音を立てる。空気はもう夏の湿り気を失い、澄んだ青の中に薄い雲が糸のように流れていた。

その野原には、いつからか野良猫たちが集まるようになっていた。誰が決めたわけでもないのに、彼らは決まってこの時間、この場所に姿を現す。茶トラの老猫が一番乗りで、日当たりのいい岩の上に陣取ると、あとから白黒の若い猫が少し離れた草の陰からこちらを窺うようにやってくる。

「今日も来たね」

そう声をかけたのは、この道をよく散歩する老人だった。誰に言うでもなく呟いた言葉に、茶トラは薄目を開けて一度だけ尻尾を揺らした。それが返事のつもりらしい。

草もみじの間を、灰色の猫がゆっくりと歩いていく。足取りに急ぐ様子はなく、まるで色づいた葉の一枚一枚を確かめるように、鼻先を近づけては通り過ぎる。時折立ち止まり、風に揺れる穂先にじゃれつくが、すぐに飽きたようにまた歩き出す。その気ままさが、見ている者の肩の力まで抜いていくようだった。

日が傾き始めると、野原の赤みはいっそう深くなった。夕陽が草の先端に反射して、まるで野原全体が燃えているように見える。猫たちはその光の中で、思い思いの場所に丸くなった。ある者は岩の上で、ある者は枯れ草の窪みで、ある者は仲間に寄り添って。誰も急いでいない。誰も何かを待っているわけでもない。ただ、秋の光が終わるまでの短い時間を、そこで過ごしているだけだった。

老人は腰を下ろし、猫たちを眺めながら小さく息を吐いた。仕事のことも、明日の予定のことも、この場所にいる間だけは頭から消えていく。草もみじの匂いと、猫たちの規則正しい呼吸の音だけが、ゆっくりと時間を満たしていった。

やがて陽が沈み、野原は藍色に沈んでいく。猫たちは一匹、また一匹と、それぞれのねぐらへと消えていった。最後まで残っていた茶トラも、大きく伸びをしてから、坂道の向こうの茂みへと姿を消した。

翌日もまた、同じ時間に同じ場所で、彼らは静かに集まるのだろう。草もみじが色を失うまでの、ほんのわずかな季節だけの光景として。


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癒される秋のサネカズラの実る垣根と黒猫

癒される秋のサネカズラの実る垣根と黒猫

古い家の垣根に、赤い実がいくつも顔を出していた。サネカズラの実だ。艶やかな赤い粒が寄り集まって、まるで小さな提灯のように垂れ下がっている。秋の陽射しを受けて、その実はほんのりと光っていた。

垣根の下には、一匹の黒猫がうずくまっていた。艶のある黒い毛並みが、赤い実の色とよく映える。猫は特に何をするでもなく、ただ静かに座って、通り過ぎる風を眺めているようだった。

「今日もここにいたのか」

そう声をかけたのは、この道を毎日散歩する老人だった。黒猫は顔だけをこちらに向け、小さく鳴いた。挨拶のつもりなのかもしれない。老人は垣根の前で足を止め、サネカズラの実にそっと触れた。

「昔はこの実で、髪を整える油を作ったんだよ」

独り言のようにつぶやくと、黒猫はふぁあ、と大きなあくびをした。話を聞いているのかいないのか、その表情からは読み取れない。だが、老人はそれで満足そうだった。誰かがそばにいてくれる、というだけで十分なのかもしれない。

秋風が垣根を揺らすたびに、サネカズラの実がわずかに震え、赤い光がこぼれるように散らばった。黒猫はその光の粒を目で追うように、ゆっくりと瞬きをした。

やがて日が傾き始めると、黒猫は垣根の隙間から姿を消した。まるで秋の午後のひとときだけ、そこに現れる小さな主のように。

老人は誰もいなくなった垣根を見上げ、また明日もここに来ようと思いながら、静かに歩き出した。赤い実だけが、変わらずそこに残っていた。


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癒される秋のミズヒキが揺れる庭先とメインクーンという猫

癒される秋のミズヒキが揺れる庭先とメインクーンという猫

 朝の空気がひんやりと澄み渡る頃、庭先には赤い小さな花をつけたミズヒキが、風に揺れていた。細い茎の先に点々と並ぶ花は、まるで誰かが赤い糸を結んでいったかのように可憐で、秋の光を受けてほのかに輝いている。

 その庭の片隅、縁側の上で丸くなっているのは、大きなメインクーンの猫だった。ふさふさとした尻尾を体に巻きつけ、耳だけをぴくぴくと動かしながら、庭の気配に耳を澄ませている。名前はまだない。この家に迷い込んできたのは、つい先週のことだった。

 「今日もいい天気だね」

 縁側に腰を下ろした老婦人が、湯呑みを片手に猫へ話しかける。メインクーンはゆっくりと目を開け、彼女の方を一瞥すると、また目を閉じた。返事のかわりに、喉の奥でごろごろと小さな音を鳴らす。

 庭のミズヒキは、風が吹くたびに小さく頭を垂れ、また戻る。その動きを、猫はどこか興味深そうに眺めていた。赤い花穂が揺れるたび、猫の大きな瞳がわずかに動く。子どもの頃なら飛びついていたかもしれないが、今はただ、静かにその揺らぎを追っているだけだった。

 「あなたも、この庭が好きになったのね」

 老婦人がそう呟くと、猫はゆっくりと体を起こし、伸びをした。それから縁側を降りて、ミズヒキの茂みの近くまで歩いていく。花に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだかと思うと、すぐに興味を失ったように、その隣にどさりと座り込んだ。

 秋の陽射しは、夏の名残を感じさせるほど眩しくはなく、ただ柔らかく庭全体を包んでいた。どこかで鳴く鈴虫の声が、風の音に混じって聞こえてくる。ミズヒキの赤い花と、メインクーンの銀色がかった毛並みが、同じ光の中で静かに佇んでいる。

 しばらくすると、猫は大きなあくびをひとつして、また丸くなった。庭のミズヒキは変わらず揺れ続け、まるで猫を見守るように、その傍らでそよいでいる。

 老婦人は湯呑みを置き、そっと目を細めた。

 「こんな時間が、いちばん贅沢なのかもしれないね」

 誰に言うでもなく漏らした言葉は、秋の風にさらわれて、庭の奥へと消えていった。ミズヒキの花はまた小さく揺れ、猫はそれに応えるように、耳をぴくりと動かした。

 その庭先には、これといって特別なことは何も起きていない。けれど、赤い花が揺れ、大きな猫がそのそばで眠る光景は、見る者の心をそっと解きほぐしていくような、そんな時間だった。


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癒される秋の野に香るシソ科の花畑とマンチカンという猫

癒される秋の野に香るシソ科の花畑とマンチカンという猫

見渡す限り薄紫色の花が波打つように広がっている。秋の野に群れ咲くシソ科の花——アキノタムラソウや、風にそよぐカリガネソウ。触れるとふわりと立ちのぼる、どこか懐かしい青々しい香り。それは夏の名残と、秋の澄んだ空気が混ざり合ったような匂いだった。

その花畑の真ん中に、一匹のマンチカンがちょこんと座っていた。短い足を折りたたみ、丸い瞳でじっと花を見つめている。風が吹くたびに花穂が揺れ、香りが波のように押し寄せる。マンチカンは小さく鼻をひくつかせ、くしゃっと顔をしかめた。それがどこか可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。

しばらくすると、マンチカンはふらりと歩き出した。短い足で花の間をすり抜けるように進む姿は、まるで紫の海を泳いでいるようだ。時折、蝶がひらりと舞い降りてくると、猫パンチを繰り出そうとして——届かず、体ごと傾いてしまう。それでも諦めず、何度も同じことを繰り返す姿に、見ているこちらまで頬が緩んだ。

日が傾き始めると、花畑全体が橙色に染まっていく。シソ科の花の香りは夕方になるといっそう濃くなるという。マンチカンはお気に入りの場所を見つけたのか、花に囲まれるようにしてころんと横になった。丸まった背中に西日が当たり、毛並みがきらきらと輝く。

風が花畑を渡るたびに、香りとともに小さな寝息が聞こえてくるような気がした。秋の夕暮れ、香る花畑の中で眠る一匹の猫——それだけで、心の奥がじんわりと温かくなるような、そんな一日の終わりだった。


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癒される夏の終わりの土手の草と黒猫

癒される夏の終わりの土手の草と黒猫

夕暮れが近づくと、土手の草は少しずつ橙色に染まっていく。八月の終わり、まだ日中は蝉の声が名残惜しそうに響いていたが、風だけは確かに変わっていた。湿った熱気の中に、ほんの少しだけ乾いた涼しさが混じっている。夏が、静かに幕を下ろそうとしているのだ。

土手の斜面には背の高い草が一面に生い茂り、風が吹くたびに波のように揺れていた。その草の間から、するりと黒い影が現れた。黒猫だった。艶やかな毛並みが夕日を受けて、ところどころ焦げ茶色に光っている。

黒猫はしばらく草の中に座り込み、じっと川の方を見つめていた。水面は夕焼けを映して、赤く、金色に、揺らめいている。対岸では誰かが夕涼みをしているのか、遠くで子どもの笑い声がかすかに聞こえた。

風が強く吹くと、草がざあっと音を立てて倒れ、黒猫の耳がぴくりと動いた。それでも動じることなく、猫は前足を揃えて座り直し、まるで夏という季節そのものを見送っているかのように、静かに川を眺め続けていた。

やがて空はますます深い茜色に変わり、草の穂先が金色の縁取りをまとった。黒猫はゆっくりと立ち上がり、草をかき分けながら土手を歩き出す。振り返ることなく、しかし急ぐでもなく、その足取りはどこまでも自然だった。

季節が変わる境目には、いつも静かな寂しさと、それを上回るやわらかな安らぎがある。土手の草の匂い、涼しくなり始めた風、そして音もなく歩いていく一匹の黒猫。その光景を見ていると、過ぎていく夏を惜しむ気持ちも、どこか穏やかに溶けていくような気がした。

黒猫の姿が草の陰に消えたころ、空はすっかり群青色に変わっていた。土手にはまだ、夏の匂いがほんの少しだけ残っていた。


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癒される秋のマツムシソウ咲く高原とメインクーンという猫

癒される秋のマツムシソウ咲く高原とメインクーンという猫

マツムシソウが咲く高原に、静かに風が渡っていく。

見渡す限り薄紫色の花が揺れる丘の上に、一匹のメインクーンがゆったりと座っていた。豊かな毛並みが風に吹かれてふわりと広がり、まるで高原の景色と一体になっているようだった。

彼の名前は、飼い主も知らない。ただ毎年この季節になると、麓の村からふらりと姿を消し、この高原に現れる。誰かがそう噂しているだけだった。

マツムシソウの群生は、秋にしか見られない特別な景色だ。淡い青紫の花びらが、朝露を纏ってきらきらと光っている。メインクーンはその中を、ゆっくりと歩いていく。大きな体には不釣り合いなほど、足取りは静かで軽やかだった。

一頭の鹿が、遠くの草むらから顔を出した。メインクーンはちらりと視線を送ったが、慌てる様子もなく、また花畑に視線を戻す。この高原では、誰もが敵ではなかった。風も、虫の音も、遠くの山並みも、すべてが穏やかに調和していた。

日が傾きはじめると、マツムシソウの花畑はオレンジ色に染まっていく。メインクーンは花の間に体を横たえ、しばらくそのまま動かなかった。目を細めて、遠くの空を眺めているようだった。

夕暮れの高原に、虫の声が響き始める。すずむしだろうか、それとも鈴虫に似た別の虫だろうか。その音色は、まるで高原そのものが歌っているようだった。

メインクーンはゆっくりと目を閉じた。花の香りと、涼やかな風と、虫の音に包まれながら、彼はしばらくの間、深い眠りについた。

やがて夜が訪れ、星々が瞬き始める頃、メインクーンはふと目を覚まし、静かに立ち上がった。そしてまた、誰にも見られることなく、花畑の向こうへと姿を消していった。

来年もまた、マツムシソウが咲く頃、彼はきっとこの高原に戻ってくるのだろう。誰にも知られることのない、静かな約束のように。


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癒される秋のノブドウの実る小道とマンチカンという猫

癒される秋のノブドウの実る小道とマンチカンという猫

 秋の空気が澄みわたる午後だった。里山のふもとに続く細い小道には、ノブドウの蔓が絡みつくように茂り、青や紫、水色といった、まるで宝石をちりばめたような不思議な色合いの実をいくつもつけていた。誰が植えたわけでもないのに、毎年この時期になると同じ場所で色づくその実は、道行く人の足をふと止めさせる小さな魔法のようだった。

 その小道の途中、木漏れ日が落ちる石の上に、一匹のマンチカンがちょこんと座っていた。短い足を折りたたむようにして、丸くなったその姿は、まるで小さな座布団のようだ。灰色と白の混じった毛並みが、傾きかけた秋の陽射しを受けて、やわらかく輝いている。

 マンチカンは、頭上で揺れるノブドウの蔓をじっと見上げていた。風が吹くたびに、色とりどりの実がさらさらと音を立てる。その音に耳を澄ませているのか、それとも実の色に見とれているのか、丸い瞳は微動だにせずに一点を見つめていた。

 しばらくすると、一陣の風が小道を吹き抜けた。ノブドウの葉が揺れ、熟した実がひとつ、ぽとりと足元に落ちる。マンチカンは短い前足でそっとその実に触れ、まるで挨拶でも交わすかのように、鼻先を近づけて匂いを確かめた。食べるでもなく、ただそこに存在する不思議な色の粒を、静かに味わっているようだった。

 小道の両脇には、すすきが白い穂を揺らし、遠くの山々はうっすらと色づき始めている。空気はひんやりと澄み、吸い込むたびに胸の奥まで秋が染みわたっていくようだった。マンチカンは満足したように小さくあくびをすると、また元の姿勢に戻り、丸くなった。

 誰に見られるでもなく、誰に急かされるでもなく、ただそこにある時間をゆっくりと過ごす猫の姿。ノブドウの実る小道に差し込む秋の光と、その光を浴びて眠るマンチカンの丸い背中。それは、忙しない日常を少しだけ忘れさせてくれる、静かで優しいひとときだった。

 やがて日が傾き、小道全体がオレンジ色に染まり始める頃、マンチカンはゆっくりと立ち上がり、短い足でとことこと歩き出した。ノブドウの実がまたひとつ、風に揺れて音を立てる。その音を背に、猫の後ろ姿は小道の先へと消えていった。まるで、秋という季節そのものが、そっと歩いていくかのように。


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癒される秋のキンミズヒキが揺れる野道と黒猫

癒される秋のキンミズヒキが揺れる野道と黒猫

 村はずれの野道には、秋になると決まって黄色い小さな花が並んで咲く。キンミズヒキだ。細い茎の先に、粒のような花をいくつも連ねて、風が吹くたびに小刻みに揺れている。誰かが植えたわけでもないのに、毎年同じ場所に律儀に顔を出すその花を、この道を通る人は「今年も咲いたね」と、ふと足を止めて眺めていくのだった。

 その野道の途中、少し盛り上がった土手のところに、一匹の黒猫がいつからか座るようになっていた。艶やかな黒い毛並みに、金色の瞳をした猫で、誰の飼い猫でもないらしい。かといって痩せているわけでもなく、どこかゆったりとした佇まいで、道行く人を眺めているのがその猫の日課のようだった。

 夕方になると、光の角度が変わって、キンミズヒキの黄色がいっそう際立つ。黒猫はその花のそばに寝そべり、時折片方の耳だけをぴくりと動かして、遠くで鳴く鳥の声に応えていた。花の茎が風に揺れるたび、黒猫の尻尾も同じ拍子で揺れる。まるで示し合わせたように、花と猫がひとつの呼吸をしているようだった。

 この道をよく通る老人がいた。杖をつきながらゆっくりと歩く彼は、いつもこの場所で立ち止まる。
「今日も咲いとるな」
 誰に言うでもなくつぶやいて、黒猫のほうをちらりと見る。黒猫は逃げも隠れもせず、ただ半分閉じた目でこちらを見返すだけだった。老人はそれだけで満足したように、また杖を鳴らして歩き出す。この短いやりとりが、二人にとってはもう何年も続く、変わらない秋の挨拶になっていた。

 ある日、老人がいつもより遅い時間にやってきた。日はすでに傾き、野道は淡い橙色に染まっている。キンミズヒキの花穂が逆光に透けて、まるで小さな灯りが並んでいるように見えた。黒猫はその光の中に座り、まぶしそうに目を細めている。
「今日は遅くなってしもうた」
 老人がそう言うと、黒猫はゆっくりと立ち上がり、二、三歩、老人のほうへ歩み寄った。そうして、そのまま隣を並んで歩き出す。まるで送り迎えでもするかのように。

 二人――いや、一人と一匹は、しばらく無言のまま野道を進んだ。キンミズヒキの花が二人の足元で揺れ、風がそれを追いかけるように吹き抜けていく。虫の声がどこからともなく響き、日が沈みきる直前の、あの特別な静けさが辺りを包んでいた。

 道の分かれ道まで来ると、黒猫は足を止めた。ここから先は、老人の家へと続く道。猫はそれ以上ついていくことはせず、来た道をゆっくりと引き返していく。老人はその背中を見送りながら、小さく頭を下げた。
「また明日な」
 声は誰にも届かなかったかもしれない。けれど、黒猫の尻尾がひとつ、ふわりと揺れたのを見て、老人は確かに応えてもらった気がした。

 誰に頼まれたわけでもなく、誰かに褒められるわけでもない。ただ毎年同じ場所に咲く花と、そのそばに座る一匹の猫。それだけの、小さな物語。けれど、この野道を通るたびに、人々の心はふっと軽くなる。急ぐ必要のない秋の夕暮れに、キンミズヒキの黄色と黒猫の艶やかな毛並みが寄り添う光景は、何も足さず何も引かず、ただそこにあるだけで十分だった。

 やがて花は枯れ、季節は巡っていく。それでも来年、また同じ場所に黄色い花が咲けば、きっとあの黒猫も、変わらぬ顔でそこに座っているのだろう。


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癒される秋のホトトギスの咲く庭とメインクーンという猫です

癒される秋のホトトギスの咲く庭とメインクーンという猫

秋の澄んだ空気が漂う庭の片隅で、ホトトギスの花がひっそりと咲いていた。紫の斑点が散らばる花びらは、まるで誰かが筆で丁寧に模様を描いたようだった。

その庭に暮らすメインクーンの名前はハルという。大きな体と豊かな毛並みを持つハルは、この季節が一番好きだった。夏の強い日差しが和らぎ、風が涼やかに頬を撫でる頃になると、決まってホトトギスの咲く一角に足を運ぶのだった。

今日もハルは、朝露の残る庭を静かに歩いていた。ふさふさとした尻尾がゆっくりと揺れ、大きな体に似合わぬ軽やかな足取りで、花の近くまでたどり着く。そこに座り込むと、ハルはしばらくの間、じっと花を見つめていた。

「今年もきれいに咲いたね」

庭の持ち主である老婦人が、縁側からハルに声をかけた。彼女は毎年この時期になると、ホトトギスの世話を欠かさない。水をやり、雑草を抜き、時には虫がつかないよう気を配る。その丁寧な手入れのおかげで、庭のホトトギスは毎年変わらぬ美しさで咲き続けていた。

ハルはその声に反応するように、耳をぴくりと動かした。けれど視線は花から離れず、まるで自分もこの花の番人であるかのように、静かにそこに佇んでいた。

風が吹くたびに、ホトトギスの花がわずかに揺れる。その揺れに合わせて、ハルの尻尾もまた小さく揺れた。二つの生き物ではなく、まるで庭という一つの風景の中で呼吸を合わせているようだった。

やがて日が傾き始めると、庭全体が柔らかなオレンジ色に染まっていく。ホトトギスの紫の斑点が夕陽を受けて、いつもとは違う表情を見せる。ハルはその変化を見逃すまいとするかのように、じっと目を凝らしていた。

老婦人が縁側から立ち上がり、家の中へと戻っていく足音が聞こえる。それでもハルは動かなかった。夕暮れの庭に一匹残り、花と向き合う時間を大切にしているようだった。

秋の夜が近づくと、虫の声が少しずつ庭に響き始める。ハルはようやく腰を上げ、ゆっくりと家の方へ歩き出した。振り返ると、ホトトギスの花は暗闇の中でもなお、静かにそこに咲いていた。

明日もまた、同じ時間に同じ場所で、花と猫は静かな時間を分かち合うのだろう。癒される秋の庭には、そんな穏やかな約束が、いつも変わらずにあった。


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癒される秋の萩の花咲く小道とマンチカンという猫

癒される秋の萩の花咲く小道とマンチカンという猫

 里山のふもとに、細く曲がりくねった小道があった。両脇には萩の花が咲き乱れ、風が吹くたびに紫がかった小さな花びらが揺れて、まるで道全体が静かに呼吸しているようだった。

 その小道の入り口に、一匹のマンチカンがちょこんと座っていた。短い脚と丸みを帯びた体、そしてどこか人懐っこそうな顔つきで、道の奥をじっと見つめている。名前はまだ誰も知らない。近所の人々からは、いつからかそこにいる「萩の小道の猫」と呼ばれていた。

 夕方になると、その猫は決まってこの小道を歩く。短い脚では萩の枝が少し高く感じられるのか、時々ぴょんと跳ねながら進んでいく姿は、見ている人の頬を思わず緩ませた。

 道の途中には小さな石のベンチがあり、そこに腰を下ろす老人がいた。毎日この時間にやってきては、猫が通り過ぎるのを待っているのだという。猫も心得たもので、ベンチのそばまで来ると必ず一度立ち止まり、老人の膝にそっと頭をこすりつける。それから何事もなかったかのように、また萩の花の間を縫うように歩いていくのだった。

「今日も来たか」

 老人はそうつぶやいて、遠ざかっていく小さな背中を見送る。萩の花はさらさらと音を立て、赤とんぼが低く飛び交う。空はほんのりと橙色に染まり始め、秋の夕暮れ特有の、どこか切なくも温かい光が小道全体を包んでいた。

 猫が道の先へ消えると、老人はゆっくりと腰を上げ、また明日ここに来ようと心に決める。萩の花が咲くこの季節だけの、小さな約束のような時間。マンチカンはきっと今日も、誰かの一日にそっと寄り添いながら、秋の小道を歩き続けているのだろう。


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癒される秋のススキ野原と黒猫

癒される秋のススキ野原と黒猫

夕暮れが近づく頃、私はいつもの散歩道を少し外れて、河川敷まで足を伸ばした。

理由は特にない。ただ、秋の風がどこか懐かしい匂いを運んできて、いつもと違う道を歩きたくなっただけだった。

土手を登りきると、視界いっぱいに銀色の海が広がっていた。ススキだ。

風が吹くたびに、無数の穂がさわさわと揺れて、夕陽を受けて金色にも銀色にも見える。まるで誰かがそっと光をすくって撒いたような、静かで柔らかな輝きだった。

しばらくその景色に見とれていると、足元で何かが動いた気配がした。

見下ろすと、一匹の黒猫がこちらをじっと見上げている。

艶やかな黒い毛並みに、夕陽が反射して、輪郭だけがオレンジ色に縁取られていた。まるでススキの銀色と対になるように、その黒が際立って美しい。

「こんにちは」

思わず声をかけると、猫は少し首をかしげただけで、逃げようとはしなかった。人に慣れているのか、それとも単に興味を持たれただけなのか。

私はそっとその場に腰を下ろした。猫も少し距離を置いて、同じようにススキの野原を眺め始める。

不思議なものだった。言葉を交わすわけでもないのに、隣に誰か——いや、何かがいるというだけで、心の奥がすっとほどけていくような感覚があった。

風が吹く。ススキが揺れる。猫の尻尾がゆらりと動く。

それだけの時間が、驚くほど贅沢に感じられた。

日々の忙しさの中で、私たちはいつの間にか「立ち止まること」を忘れてしまう。予定を詰め込み、次のことを考え、今この瞬間をすり抜けさせてしまう。

でも、この場所では違った。ススキの音と、猫の呼吸と、沈んでいく夕陽だけが、確かにそこにあった。

どれくらいそうしていただろうか。気づけば空は茜色から紫へと変わり始めていた。

「そろそろ帰るね」

私が立ち上がると、黒猫はまた少し首をかしげ、それから何事もなかったかのようにススキの陰へと消えていった。

名前も知らない、たった一度きりの出会い。それでも、あの銀色の野原と黒い影は、しばらく私の心に居座り続けた。

秋が深まるこの季節、忙しい毎日にほんの少し疲れを感じたら、こんな景色を探しに行ってみるのもいいかもしれない。

きっと、思いがけない「癒し」が、そっと寄り添ってくれるはずだから。


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